Search
岩手の天気予報
奥羽の山里農村いちば
▼当園のメインサイトです

奥羽の里、岩手県西和賀町内で耕す暮らしを営んでいます。日々の山村のスケッチや、農産物の販売も行っております。

奥羽の山里からの農村通信
▼新規就農のレポートです

奥羽の里へIターン移住し、住居を構え、井戸を掘って農業を開始した1996年〜2000年頃の日常を綴ったページです。

            
Profile
Calendar
    123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930 
<< November 2018 >>
New Entries
Recent Comment
Recent Trackback
Category
Links
Recommend
「あきらめ」を「希望」に変えた男?沢内村長・深沢晟雄の生涯 (日経ビジネス人文庫)
「あきらめ」を「希望」に変えた男?沢内村長・深沢晟雄の生涯 (日経ビジネス人文庫) (JUGEMレビュー »)
及川 和男
私が生まれた昭和37年は、深沢村長の尽力により乳幼児死亡率ゼロになった記念すべき年でした。雪と病気、この問題に真っ向から立ち向かい、老人医療費無料化と除雪ブル導入を成し遂げた村長の伝記です。この著者の及川さんはうちにもいらしたことがありました。
Recommend
ニンニクの絵本 (そだててあそぼう (77))
ニンニクの絵本 (そだててあそぼう (77)) (JUGEMレビュー »)
おおば さだのぶ,うだがわ しんぶん
わが家はにんにくにも取り組んでいて、「そだててあそぼう」シリーズの「にんにく」が刊行されるのを待っていました。青森の試験場にいた方が書かれているので、まさに本場の経験者による入門書です。
Recommend
リトル・フォレスト (1) (ワイドKCアフタヌーン (551))
リトル・フォレスト (1) (ワイドKCアフタヌーン (551)) (JUGEMレビュー »)
五十嵐 大介
盛岡市在住だそうです。食と手作り、自給自足がテーマになっています。2014〜2015年にかけ映画化され、私も冬春編は盛岡で観ました。
Recommend
あなたにもできる無農薬・有機のイネつくり―多様な水田生物を活かした抑草法と安定多収のポイント
あなたにもできる無農薬・有機のイネつくり―多様な水田生物を活かした抑草法と安定多収のポイント (JUGEMレビュー »)
稲葉 光國
現時点で最新の技術が網羅されています。薄蒔きで大きい苗を作り初期から深水にする、これに尽きると思います。
Recommend
小論理学〈上巻〉 (1951年) (岩波文庫)
小論理学〈上巻〉 (1951年) (岩波文庫) (JUGEMレビュー »)
ヘーゲル
「論理学」本文が始まってすぐの「予備概念」に、弁証法的発想についての記述が詳述されています。難解なヘーゲルの著作の中で、その自由な文体はとても示唆的で群を抜いてわかりやすい。
Archives
mobile
qrcode
RSSATOM 無料ブログ作成サービス JUGEM
新たな農作業シーズンです〜たらの芽に従事してます
0

    たらの芽2018

     

    新しい農作業シーズンが始まりました。積雪は1mを切ったかという感じです。既に3月30日より水稲籾の水漬けを開始しており、これから種まき・育苗しつつ、雪が消えるとりんどう畑の作業が増えて来ます。

     

    冬の間、前半は記事にも掲げていますように長野へ2か月ほど働きに行ってまいりました。その反動もあり、2月末からの1か月余りは、のんびり休養もしつつ、子どもたちと出かけたりもし、そして、3〜4月のメインの作業となるたらの芽の栽培出荷に専念しています。写真は第1陣の芽吹き開始の頃で、いまは出荷も半ばを迎えております。

     

     

     

    たらの芽ベッド3段

     

    昨年の冬仕事は3月末までの家からの通勤であったことから、たらの芽作業はかけもちであり、作業の分散の意味も込め1月から週末を主に伏せ込みを開始し、そして4月最初には用意していた穂木(駒木)がなくなってしまうという結果となりまして、結局最大の需要期には応えることができませんでした。最大の需要期というのはこれからの2週間くらいでしょうか。

     

    その対策として今年行ったことは、まずは家を留守にしたことで自ずと伏せ込み時期を遅くしたこと、そしてベッドの棚の数をもう1段増やして3段ベッドにしたことでした。増設の器具資材には結構投資もかかりましたが、ケーブルとサーモを1セット導入し、直管パイプとコンパネ等を準備し、3段水槽にしました。サーモは1個で2系統のケーブルを管理することができます。2つのサーモの間にある2ケーブル分を差し込む部品を使って、去年までは1つのサーモで2段を管理していましたが(温度設定は2系統とも同一)、今年は下の段に1サーモ1ケーブルを増設し、最下段ということで上2段のサーモよりも高い温度設定を施しています。

     

    とはいえ、最下段はなかなか加温がうまくかからず、ストーブと扇風機で1段目に温風を適宜送り込んでやりながら、いまこれからようやく第1陣の出荷を迎えるところです。時間がかかった分、やや大きめにできてきているようです。

     

    3月半ばに高温期があって、その影響で芽の胴体部分が十分大きくならないうちに芽吹いて小さいたらの芽になったものが多く出ました。温度管理、そしてカビを生やさないような湿度管理が重要で、日々の換気や、扇風機での送風作業も大事であると感じています。

     

    手探り試行錯誤でのたらの芽栽培ですが、おかげさまで道の駅や飲食店さんからも定期的に注文をいただけるようになり、現在では一時的に生産が滞る状態で、HPでの販売も50gパック詰めでの少量の出荷と制限させていただいております。

     

    やはりベッド(棚)ごとに芽吹きの進行が異なるため、水槽に挿していった順番に採れていくというものでなく、収穫には山と谷ができてしまいます。始めたのが遅かった分、まだタラの木素材は豊富にあり、これをあと3週間から1か月の間で余さずに使い切ることができるか、ちょっと不安がよぎっています。次の仕込み、次の仕込みと加温加湿を施して短期決戦で進めていきたいと思います。

     

     

    たらの芽スペース

     

    たらの芽はどんな場所で栽培しているのかとよく質問されるので、外観を掲載いたします。住宅の一部のようなところです。もともとわが家はコンクリを打った作業スペースと合体した住宅でして、別棟の作業場を建てる前は、切り花りんどうの選別などもこの住宅付属の作業場で行っており、手狭になってきたことから単管を使って写真のような拡張スペースを作りました。採花したりんどうをいったん水槽に浸けておくといった場所にしたり、冬にはちょうどぴったりとトラクターが収納できました。単管でしっかり作られているので雪で潰れる心配はあまりないですが、何度か屋根の雪払いはしてやります。別の作業場を建てた後はたらの芽スペースとして活用しています。

     

    外壁には半透明のポリカ波板を使っています。ドア部分は夏には取り外して、籾など搬入しています。たらの芽は多少の光がほのかに入るくらいが好ましく、光が強いハウスではわざわざ遮光したりするようです(緑色ではなく紫色になるからでしょうか)。現在のたらの芽の規模をより拡大しようとするならば、外のパイプハウスで栽培するしかなく、そうすれば冬は潰されないように毎日除雪のことが気になって、とても外へ働きに出ることなどできないでしょう。現状のこの狭いスペースで最大限の生産を上げることが課題です。

     

    たらの穂木は十分すぎるほどあるので、細いものはどんどんはじいて、燃やしもしましたし、とりあえず壁面に放置していています。

     

     

     

    住宅作業場

     

    ちなみに、この拡張スペース奥の住宅内コンクリの作業場には、籾摺り機・計量器が設置してあり、こちら側の壁には使う薪を積み、中央には犬のケージがあって、そして取り置きしたたらの芽の置き場所とたらの駒木を切断する切断機のスペースとなっています。秋に籾摺りして現在出荷している玄米在庫と精米機もここにあります。右奥には田やにんにくで使うため精米所から採取した米ぬかを置いています。こうしたコンクリの屋内というのはいくらあっても余るということはないみたいです。外に出ないでたらの芽の仕事ができるのは楽ですね。

     

    そろそろ秋に籾摺りした玄米在庫がなくなってきたので、別棟の作業場内の氷温冷蔵庫で貯蔵していた籾を籾摺りしなくてはいけません。それは次の出来秋までの出荷になります。氷温貯蔵により糖分の蓄積を期待しています。

     

    ちなみに、薪ストーブが盛んな当地ですが、一般にこういうコンクリが住宅にない普通の家では、冬の間日々使う薪というのは皆さん広い玄関(風除室)に積んでいます。

     

     

     

    炭撒きりんどう

     

    さて、外仕事の方ですが、豪雪だったことの対策で炭の補助が出ましたので、早生りんどうに炭の粉を散布しました。日付が入っていませんが、3月24日でした。子どもたちも手伝ってくれていますが、これには理由があります。。

     

    当園ではMacのBootCamp機能でWindowsにしていますが、切り替えには再起動が必要で、特にWindowsからMacに戻るときに、システムファイルの更新とかで時間がかかることがあります。子どもたちはWindows版でのドラクエ10を時間を決めてやっていますが(利用料のかからない時間帯が1日2時間あり、さらにそれを3人で分けると、自ずと時間制限になります)、待ちきれずに電源ボタンを押して無理に終了したことが原因で、突然Windowsが立ち上がらなくなってしまいました。

     

    ゲームはおろか、私の農業簿記もWindowsでの作業だったので、大変困り、結局クリーンインストールしかない状況で、敢行しました。Windowsに仕切られていたHD領域をいったんMacに復元し、再度BootCampの設定、そしてWindowsのインストール(無料の10から後退して当初の8、そしてアップグレードで8.1です)。現在では5年前に購入したWindows8のDVDのソフトはそのままでは使えず、ISOという別の形に変換してからのインストールで、結果、復旧するのにまる1日の時間を要す困難な作業となってしまいました。

     

    農業簿記についてはバックアップデータの取り方が不十分だったこともあり、復旧が困難で、アプリの再インストールだけでは済まず、3月までの伝票の打ち込み作業も必要でした。いまはFrameworkというアプリをインストールした上で、簿記記帳後はその都度USBにバックアップしています(HD内へのバックアップでは意味がありません。Macの方はTime Machineで外付けに自動バックアップしています)。

     

    お子さんをお持ちの方は、パソコンを変にさわれてトラブルに遭遇した経験をお持ちと思いますが、このような顛末で、春休みでもありますし、子どもたちも作業を共にしているという次第です。苦労して育てたキャラのデータが消えてるかもしれないぞと不安を募らせていましたが、データはサーバーの方に保管されてあり、簿記と違ってドラクエの方はアプリの再インストールだけで復旧しました。

     

     

     

    炭撒きにんにく

     

    こちらはにんにく畑。植え付け時には多くの若い方々に手伝ってもらいました。ドローンも上げて撮影してもらって、懇親会も楽しく、良い経験をさせてもらいました。そんな畑ですし、早く雪を消して、春からの成長を早めたいと願っての散布になります。

     

    にんにくですが、在庫も減っており、残りは黒にんにくに回す計画です。-1度設定で貯蔵しても、そろそろ賞味期限時期というところです。

     

     

     

    ハウスの雪状態

     

    水稲の育苗も春の大きな仕事ですが、こちらも早めに除雪機で払っておいたため、だいぶ雪解けが進んできています。4月1日の様子です。このあと、ちょっと残った雪を除雪機で飛ばしてしまったので、あとほんの数日でビニールを掛けることができそうです。

     

     

     

    薪割り2018

     

    薪の仕事もいまの時期の重要な作業です。地元新田商店から2間ほど購入し、置き場から軽トラで搬入し、チェーンソーで玉切りして、割って、積むという作業になります。この春中1になる息子ですが、体格も良くなってきて、いい感じで割ってくれています。中3になる娘よりも上手で、この点は頼もしいところですね。しっかり褒めて、おだてつつ、こういう作業を半ば得意になって続けてくれたら嬉しいですね。

     

    薪は森林組合から買うこともできます。もちろん割高にはなりますが、薪割りする地点までユニックで運びきれいに積んでくれますし、全量がナラで、しかも太さも同じ。玉切りも積み上げも短時間で作業できます。地元商店のものは「春木山」(伐区山)で伐採したもので、当然根元の最も太いところから枝の薪割りも不要の細いものまで混ざっています。雑木林だしナラだけではありません。置いてある場所(山ではなく舗装路の脇)から自分で運んで来なくてはなりません。根元の太いものは運ぶのも切るのも割るのも大変です。

     

    いろいろ考えると、お金に余裕がある人は森林組合から買うべきでしょう。が、地元で残雪の山に道を付け、運搬車で運び出してくる伝統的な「春木山」の木を私は優先して使いたいと思います。大型機械に頼る大規模農業よりも、手仕事型の小規模農業に自分は魅力を感じることとつながっている気がします。昭和のスタイルの「寒天作り」にも相通ずるものがありますね。

     

    秋に雨の多い当地では1シーズンでは乾燥が不十分で、いま割る木は次の次の冬用になります。

     

    こんな感じで、たらの芽を中心に、水稲の種まき準備、薪の用意という作業を行っています。

     

     

     

    エルサ・パレード

     

    さて、行楽レジャー部門の写真をいくつか掲載させていただきます。70日間留守にしたこともあり、2月の後半からは、子どもたちと遊ぶことも大切な行事でありました。ディズニーランドは約束していたので、長野からの帰宅後の翌週の週末に東京へ行ってまいりました。本当は1月10日頃が冬休みであり、混んでいない時期でもあってベストなのですが、残念ながら出張中。春休みになるとたらの芽出荷もあり、また一層混み合います。そういうことで2月末の金曜の夕方に出かけて日曜の夜に帰ってくるという形にしました。

     

    今回のこの時期ならではの特徴というのは、このアナと雪のパレードでしょうか。

     

     

     

    手品漫談

     

    昼のパレードを待つ間の半端な時間に手品コントをやっており、結構面白かったです。

     

    ディズニーランドは2度目になりますが、初めて乗った乗り物で「スターツアーズ」というのが面白かったです。朝9時頃から夜10時過ぎまでいて、へとへとです。。ビッグサンダーも乗りましたし、ジャングルツアー、海賊のツアー、フィルハーマジック、等々、結構いっぱい遊べたと思います。パレードは3つあったし、アナと雪のシンデレラ城への投影映像とか花火とか、アトラクション以外も多く、お土産も買うし、本当に忙しい感じです。

     

    一般に、ただの遊園地、というのは語弊があるかもしれませんが、そういうのではない感動がここにはある気がします。何度来ても遊び尽くせなかった感が残りますし、また来たいと思って帰るのですね。子どもがいなければ決して足を踏み入れることはなかったであろうこの場所ですが、ある程度子どもが大きくなったら、間違いなく再び縁遠くなってしまうことでしょう。

     

     

     

    江ノ島水族館

     

    翌日は、本当は上野動物園へと思ったのですが、シャンシャンのブームもありチケットを買って入園する自体が行列になるとか、整理券でシャンシャンを見る時間帯というのが午後遅くなる、とかの情報もあって断念し、「新江ノ島水族館」へ行くことにしました。見応えのある水族館でした。最も印象的という1枚はクラゲでしょうか。ここではクラゲの展示スペースを使ったプロジェクションマッピングのイベントも人気でした。

     

     

    イルカショー

     

    イルカのショーもアートな要素が組み入れられていて斬新でした。

     

     

     

    水沢天文台

     

    岩手では、気になっていた水沢の天文台を訪ねました。NHK朝のラジオ「すっぴん」でここの天文台の所長さんがロングインタビューのコーナーに出ていて気になっており、実はここは2度目なのですが、特に末娘にこのパラボラアンテナの光景を見せたく、出かけてきました。「宇宙遊学館」という見学施設とセットになります。岩手にお住いの方は是非一度訪れる価値ある場所と思います。本当にこのパラボラ(20m)は圧巻です。

     

     

     

    水産科学館

     

    春休みになって訪れた、宮古市の浄土ヶ浜の近くにある「水産科学館」。一度は見たい場所でした。昔の漁具やはえ縄や巻き網などの漁法も展示してあります。

     

     

     

    浄土ヶ浜のウミネコ

     

    浄土ヶ浜では、ウミネコに餌を販売しており(かっぱえびせん。。)、平日だったこともあり、大盛況という感じです。かっぱえびせんでは塩分過多になるのではと心配ですが、大丈夫でしょうか。鳥にも肝臓はあるかと思いますが。。

     

     

     

    釜石大観音

     

    宮古から釜石へ45号を南下し、釜石大観音へ。地上120mの展望スペースに来ました。

     

     

     

    釜石港の眺め

     

    大観音からの釜石港方面の眺めです。この後に、釜石港で釣りをします。

     

     

     

    恵比寿様

     

    大観音の内部には1階に1体ずつ七福神の像があります。これは恵比寿様ですね。鯛を持っています。ちなみに平日の夕方ということもあり、来訪者は私たちだけでした。。

     

     

     

    釜石港釣り

     

    そして釜石港のT字堤防へ。夕暮れ時でこの日は気温も高く期待も高まりましたが、小さいオコゼ系が1匹釣れただけで。。春は釣れない時期なのはわかっているんですが、この時期しかなかなか遠征はできず、仕方ありませんね。広島では昔いつの時期ももっと釣れたと思います。冬から春はカレイやアイナメ、夏場はシロギスやベラなど。。ぜひ6月頃にもう一度T字堤防は挑戦したいですね。何と言っても、深いです! ブラクリを使ったこともありますが、底に着くのに結構時間がかかります。

     

    堤防釣りの仕掛けでは、何が良いのでしょうね。中学生の頃のしかも広島近辺での知識のまま止まっていて、昨今の事情はよくわかりません。砂浜からと同じで投げ竿でジェット天秤とかで投げ込むのが昔自分たちのやり方でしたが、何か芸がありませんし、柔らかい磯竿系で、根魚を狙うブラクリ(オモリと針のセット)というのが、いまの私にはしっくり来ました。もちろん鯖とかイワシの群れであればサビキ系になるでしょうが、そういうのが釣れる秋には絶対来れないですので。

     

    釣具屋ではミミズも買って来て、容器に土を入れ家で養殖しています。庭で採れたら加えていきます。ミミズでの家の前での岩魚・ヤマメ釣りが息子の当面の遊びになるでしょう。一度竿を出してみましたが、まだ釣れませんでした。。

     

     

    花巻のヘラ

     

    もう少し春が進むと、横手公園の池、やや遅れて地元「廻戸池」でヘラブナ釣りのシーズンになります。釣りは子どもたちとの絶好のレジャーですし、昨日は子どもたちの要望で、花巻広域公園の金矢池に行って来ました。総じて小物のフナでしたが、ヘラも2匹かかりました。ここは遊具もあり小さい子も楽しめる公園です。次回は花巻酵素さんへ水稲培土を買いに行く際に出かけたいと思います。

     

    本当にいまのうちですね。子どもたちと遊びに出かけるのも、また時期的に雪のあるいまだから。

     

     

     

    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 季節の話題 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    4年間を過ごした松本の旅〜寒天工場エピソード3
    0

      常念岳松本より

       

      あと何日だと待った、寒天工場の任期満了。ついにその日が来ました。日本海経由で帰路に着くわけだし、もう帰りは松本に寄ることを決めていたので、終了後工場で最後に寝て翌朝の2月16日、茅野を発ち20号でまっすぐ松本へ向かいました。途中諏訪湖を見ました。久々の寒い冬で御神渡りができたと話題でしたが、ちょっと溶けていて、残念。。

       

      松本市内に入り、詳しくない駅より南の方では一方通行とかでやや迷ったですが、下宿のあった岡田地区に向かい、それから歩くと30分くらいになるでしょうか、当時よく訪れた小径を車で辿ってみました。

       

      しばらく進むと安曇野と北アルプスが一望できるところに着きます。よく知られている「アルプス公園」と同じようなロケーションです。一人で散歩に来たこともあったし、友だちや先生といろんな議論をしながら訪れもしました。大袈裟にいうならば「思索の山道」でした。ハイデガー流にいうと「森の杣道」という感じでしょうか。。舗装路でしたが。。いまの大学生も基本はそうかと思いますが、私たちも下宿に集まって、お好み焼き(広島風)を作って食べたり、そしていろんな議論(高尚な話から血液型の話などまで)を朝までやったものでした。近所で鶏の声が響きました。

       

      そういう過ぎ去った20歳頃の時期を振り返るような旅にもなったかもしれません。この松本の地で現在まで続く意識とか世界観とかが築かれたのですから、やはり大事にしておきたい記憶です。

       

      さてエピソード1で霧ヶ峰から見た北アルプスを掲載しましたが、上のこの写真が松本から見える北アルプスです。写真の辺りは700mを超えていると思いますが、真実の高みには達していませんね。メインは槍穂でなく常念岳が主峰に見えています。左が蝶が岳、右は大天井岳(おてんしょうだけ)です。

       

       

       

      水汲橋

       

      下宿にはお風呂がなかったので、歩いて浅間温泉に通っていました。その途中に女鳥羽川に架かる橋を渡ります。冬などは帰り道では髪の毛が凍っていましたね。

       

       

       

      女鳥羽川

       

      この橋の真ん中で、こうして上流を見下ろしながら夏にパナップを食べたことをふと思いましました。美しい時代の記憶そのものです。当時聞いた話で、かつて学生運動の頃にその風は信州大学にも押し寄せていて、教授陣も学生に追われて逃げたんだそうですが、女鳥羽川を渡って逃げたか、手前で踏みとどまったか、で、後々いろいろ人物評価が違ったとか。。。この光景で思いましました。橋を渡って逃げたか、川をジャブジャブ逃げたかはわかりませんでしたね。

       

       

       

      岡田の公園

       

      大学に通う途中のちょっとした公園も健在です。この青いベンチもそのままではないでしょうが、残っていました。大学からの帰り道にこのベンチに座って岩波文庫の「イーリアス」を読んだ記憶が蘇りました。「イーリアス」の中身はあまり覚えていないんですが。。静かな佇まいが思索的です。大学1年生。知識への欲求は大きかったですね。現在では、欲求は実際的な「情報」を求めることで止まってしまいがちですが。。

       

      写真は撮りませんでしたが、信州大学付近にも立ち寄ってみました。大学の北側に、いまでは小澤/サイトウキネンで超有名なキッセイ文化ホールがありました(私の時はありません)。聴きに来たい、が、ここまでコンサートに来る予定というのはちょっと立てられないかも。。

       

      余談ですが、できることなら、子どもたちと燕岳に登りたいと思いました。松本に来て初めて登った北アルプスで、頂上の奇岩は独特だし、盟主槍ヶ岳を好位置で望むことができます。最低2泊3日の行程で、無雪期になるのでちょっときついですかね。

       

       

       

      松本城

       

      松本城にも訪れてみました。以下は観光情報です。下宿探しの時に家族で天守閣に入った記憶がうっすらとあります。学生時代は通行したことはあっても天守閣には上がらなかったように思います。通行止の看板が見えるこの赤い橋ですが、そういえば「ザ・ベストテン」という番組があって、そこで松田聖子(確か同年齢)が全国中継でこの赤い橋の上で歌ったことがありました。確か自転車で見に行ったような記憶が。。すごい人だかりだったような。

       

       

       

      青翰堂

       

      松本城から大きい通りを駅方面へ向かう途中にある古本屋さんの「青翰堂」。グーグルマップでこの辺を検索したことがあり、健在なのはわかっていました。古本を買っていきました。

       

       

       

      縄手通り

       

      「縄手通り」もリニューアルされた感じで残ってました。ただ入口の角に建っていた大きなビルの本屋さんはなくなっていました。ここの花屋さん(左手前の店でしたか)で「エンゼルランプ」という鉢花を買って、それを眺めながら下宿でチェンバロの「フランス組曲」(バッハ)を聴いた記憶が蘇ります。

       

      また、この通りに当時は小さい映画館があって(本当に小さいです)、リバイバルのみの上映をしていました。「ラ・ブーム」を観た記憶が。。でも映画館は見つけられませんでした。

       

       

       

      シンフォニア外観

       

      記憶を辿りつつ、一度だけ行ったことがある喫茶店「シンフォニア」を探ししばらく歩いて、ついに発見! 入ってみました。

       

       

       

      シンフォニア室内

       

      学生時代に人文学部の友人と入ってみると、授業を受けていたドイツ語の先生がいて、確かメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」か何かが流れていたような。。いまはご主人も高齢で耳が良くなくて、当時のレコード類はほとんど人にあげてしまったそうです。テレビで男子フィギアの予選をやっていました。

       

      寒天工場の2か月間、全く音楽を聴くことができませんでした。それでブルックナーの4番をCDで見つけ、かけてもらいました。2か月ぶりのブルックナーです。

       

      山の写真がかかっていて、また寒天工場本編の記事で触れた槍ヶ岳山荘の穂刈氏の本もありました。オーナーの穂刈家4代の番組(長野県内のみの放送)の話も交わし、新刊の出版パーティーに出席したのだと伺いました。山が好きなご夫婦のようで、いっとき山の話をして、店を出ました。もう再び訪れることはない気がします。。

       

      その夜は松本駅前に泊まり、翌日は山形での研修会に向かいました。

       

      ちなみに、昼ごはんは「源太」の山賊焼き定食を食べて来ました。夜は浅間温泉の「萬山園」に行き萬山麺を食べる計画でしたが、午前に店の前を通った時に「しばらく休みます」の紙が貼ってあり、断念。駅前で第2候補の「スパゲティのヤマナミ」を探しましたが、かなり本気で歩いて探したのですが見つかりませんでした。家に戻って検索してみると、駅前の喫茶「アベ」の近くに引っ越していたようでした。スマホがあれば解決したでしょうに。。学生たちによく知られていた「かのう」(1度だけ入りました)も頭をよぎったのですが、記憶がぼんやりとしすぎ、これも断念。。

       

      ちなみに、駅前の「アベ」も何度か訪れていて、「モカパフェ」と「ブルーベリーパフェ」がゴージャスで人気でした。モカパフェのみ、入口のショーケースに残っていました。680円になっていました(当時は450円くらいだったか)。

       

      翌朝はホテルの朝食バイキングでした。かなり良かったですね。松本駅でそばを食べようかと思っていましたが、見つかりませんでした。飯田屋ホテルのそばコーナーも立ち寄ってみましたが、朝の開店時間が遅く、断念。結局この2か月そばは1食も食べませんでした(72日間の連続弁当生活でしたので)。かつてセルヴァン?とかいった駅に並ぶショッピング街も一変していましたね。前より賑わいに欠けている雰囲気がしました。駅前のイトーヨーカドーもありませんでした(井上はありました)。

       

       

       

      高橋博之氏

       

      そんなわけで、翌日17日は研修会ということでお昼過ぎに山形県小国町に到着し、「食べる通信」高橋博之さんの公演を聞きました。結構な雪で、建物の入り口を見つけるのに苦労しました。小国も西和賀以上に豪雪地帯として知られたところ。ここで久しぶりに覚えた顔と再会です。遅く入って最前列に誘導され、そこから写真を撮ってみたので大きく写っていますが、有名人なので許してもらえるでしょう。高橋氏の農業や農家に対する思いは共感するところが多いです。経済的な面から一歩踏み込んだ内面的な充足感とか、あるいは死生観につながるような面も「農」の根底にあるわけですが、こうした抽象的で伝えづらい領域もわかりやすい言葉で表現してくれる人だなと思っています。値段と機能というモノの面だけでない奥深いつながりを生産者(漁師とかも含みます)と消費者の間に構築していくことが、彼のライフワークになります。

       

      関心がおありの方は「食べる通信」で検索してみてください。

       

      夜は懇親会。。テーブルについて酒を飲む懇親会というのも2か月以上ぶりのことでした。ちなみに、寒天工場では住み込み部屋を閉鎖する時に盛大に打ち上げ会をやり、その後は近隣の通勤者のみで終了まで続けるそうです。

       

       

       

      独立学園

       

      小国の2日目です。小国町にある基督教独立学園高等学校を訪れました(内村鑑三が設立)。日曜日ですので、朝の礼拝に参加して来ました。そのあとに、教頭先生から学校の歴史や方針などについて話していただきました。

       

      学生は携帯も持たず、テレビも見ない生活だそうです。キリスト教徒であることは必須ではないそうですが、キリスト教や学校の方針に理解を持つことが前提になり、親も一緒に何度も面接をして入学を決めるそうです。「戦う」ことにつながるという考え方からスポーツ活動は取り入れず、部活では野菜や家畜の世話をする活動をするようです。もちろん食事に使われます。

       

       

       

      独立学園畜舎

       

      基本的に試験というものはないそうで、人間教育が基本になりますので、進学を目指す方向きではないかもしれません。しかし卒業生の話を聞いてみると、ここでの3年間の記憶はやはり根強くずっと残り続けていると。いま自分の高校時代を振り返って、ここまで強烈に自分の一部になっているかと聞かれれば、そうではない。独立学園では、勉学という範疇を超えて一生の生きていく頑丈な基礎が修得されているのだと感じました。

       

      1学年が25人という定員で全寮制。進学校ではないのだけれど、大学の方から、このような教育を授かった学生を欲しいと逆に言われるそうで、たった25人なんですけどね、というような話もあったりして、時代のかなり先端にいる場所だと私には感じられました。

       

       

       

      小国でのランチ会

       

      最後にランチを挟んで参加者と懇談。西和賀の顔も見えます。考えさせられる研修会を終え、3時前に出発し、ここからは高速もなく、13号から秋田県経由で午後9時頃に家に到着しました。2か月半ぶりでした。

       

      さて、既に日常が戻っていますが、やっぱり疲れているのだと思います。朝4時半には起きれないし、部屋でゆっくり検索や事務(申告やネット販売の事務等)をし、備忘を兼ねてのブログ記事の書き起こしなどを進めながら、タラノメの設備改良や駒木の切断と伏せ込みの作業に取り組んでいます。

       

      にんにくも在庫わずかとなってきました。青果品を取り崩して黒にんにくへと仕込んでいく作業も残ります。

       

      雪は非常に多く、本当に春が来るのか? 不安な気持ちの昨今です。

       

      山ぶどうを這わせたパイプが潰されてしまって、この片づけも雪解け後の余計な作業に加わりました。ただかえって露地としてジャガイモ等のスペースができるので、手のかけられなかった山ぶどうを断念する踏ん切りがつきました。

       

       

       

      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      カナディアンファームを訪問〜寒天工場エピソード2
      0

        カナディアンファーム

         

        12月5日の夕方に寒天工場に着いて、翌6日から仕事が始まりました。その6日の早朝、1時間だけ「庭」の仕事をやりました。2人で組んで寒天の載った積み重ねてある板を1枚ずつ持ち上げて並べ広げていく仕事。その後、朝食後より私は「水舎」でテングサを洗浄する仕事になったので、後にも先にも「庭仕事」はこの1時間だけでした。

         

        その時に板を広げる仕事を一緒にやったのが、吉田さんです。吉田さんは「カナディアンファーム」のオーナーであるハセヤンこと長谷川豊氏の生き方やファームの取り組みに触れて共感を持ち、他県から茅野市(あるいは原村?)に移住された方です。早朝5時前から8時まで寒天の仕事をし、それからファームに行って夕方まで作業(修行)をするという生活をされていました。

         

        自分の手で建物を作り、食材を作り、自給で生きていく王国を作る。そんな希望を持って京都生まれのハセヤン氏は高校生の頃に八ヶ岳山麓の「酋長」と呼ばれる農家に弟子入りしたことがきっかけで、消防士になったり、アメリカへ渡り修行の旅を続けたりして、最終的この八ヶ岳の麓に農場とお店を開きました。

         

        その建物は極めて独創的で、オーナーのハセヤンが廃材や自分で切った木(カラマツが多いようです)を使って吉田さんたちお仲間と一緒に作ったものです。余談ですが、ハセヤンは「テレビチャンピオン」という番組で「廃材を使った建物作り」のチャンピオンになったとか。

         

         

         

        カナディアンファーム1

         

        その独創的な構築物を写真に撮りたいと、ダッシュでテングサの仕事を少しでも早く終わらせて、日のあるうちに訪れようと頑張り駆け付けました。独特の曲線が良いですね。。写真はフォトショップで少し明るくしましてありますが。

         

        こうした壁のない建物はお客さんが食べるスペースなんだそうです(冬は閉鎖ですが)。

         

         

         

        カナディアンファーム2

         

        このような窯でパンを焼いています(ピザではないそうです)。カナディアンということで出てくる料理はサーモンとかお肉が中心になります。薪も廃材が取り入れられていますね。

         

         

         

        カナディアンファーム3

         

        最近作ったというツリーハウスです。訪れた子どもたちの遊び場所としての意味合いだとか。ハセヤンオーナーは子どもたちに自然で生きていく技や、自給の知恵などを教えたいという気持ちを強く持った方のようでした。

         

         

         

        カナディアンファーム4

         

        こちらの部屋で寒天の同僚吉田さんやその友人のスタッフさん、そしてハセヤンとも話をして工場に戻って来ました。冬の時期でもこちらで料理を食べることはできますので、HPで検索して訪れてみてください。そしてここで働きながら、何かを得たいと思っている方も、訪れてみていただきたいと思います。

         

        ハセヤンについては、下記の本に10ページほど紹介されていて、私はここにある蔵書を借りて読みました。職業としての農業経営という視点での一般の農家の方には関心は薄いかと思いますが、私はいろいろと考えさせられました。

         

        自分は大学時代から内面ばかりを見て生きて来たタイプです。関心事は自己意識とか、認識の背景にあるものとか、物自体とはどういうことか、とか。。ハセヤンや吉田さんは、もっと外に向かって行動しています(世界を旅する寒天釜係の坂口さんも同類ですね)。建物を建てるだけではなく、子どもたちを募って体験学習を行い無償で技を教える。震災の時は即座に救援に向かい、そのような状況でどうすれば良いか体で判断して手を差し伸べる。。

         

        気持ちがあってもすぐにそれを表すということは、そうできることではありませんし、むしろ困難なことです。農家であれば、いまこの目の前の農作業を捨てて被災地へ行けるか、とまず自問自答するでしょう。

         

        自分がもし、信州大学生の時から再スタートするとしたら、ひょっとしたら、こういう現実社会へ積極的に飛び込んで自らの精神や肉体を「意識」や書籍からではなくて、現実社会から行動して学び、そして自分の王国を具体的に表現したい、という選択肢を持ったかもしれません(もっとも当時の自分のままに戻るなら、何度やっても同じルートを辿るのかもしれませんが)。

         

        もっとも、それはいまからでも遅くはないし、農家として鍛えられ、また寒天工場で鍛えられ、実際、社会とも無縁ではありませんし、子どもに何を伝えるべきか具体的にいつも考えます。いまからでも自分なりの王国は築けるでしょうか。

         

        2月16日の朝、吉田さんが吉田さんの王国を実現できますようにと願って、握手して別れました。

         

        冷燻サーモンを土産に買いました。ハセヤンや吉田さんの描く夢を自分になりに解釈しつつ、思いを馳せながら晩酌にいただきました。生の感じが濃いワイルドなサーモン料理でした。焼酎にもよく合う美味しかったです(子どもには生臭い感じと敬遠されましたが。。)

         

         

         

        寒天工場のすぐ近くにある諏訪中央病院院長の鎌田氏が書いた本です。確か150ページからハセヤンが取り上げられていました。

         

         

        posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        霧ヶ峰探訪記〜寒天工場エピソード1
        0

          霧ヶ峰から北アルプス

           

          真冬の霧ヶ峰を訪れました。雪に覆われた北アルプスが圧巻でした。

           

          寒天工場任期の半分をやや過ぎた頃、草を茹でる釜の調子が悪く、修理のため工程が1日だけストップしました。後にも先にも休日はこの1日だけ。休みがわかった前日には、35年前に訪れた霧ヶ峰方面が頭に浮かび、とりあえず蓼科や白樺湖方面を目指してドライブに出かけました。白樺湖に来てみると、先のビーナスラインが通行可能だったので、そのまま霧ヶ峰へ走らせました。何と言ってもすぐ麓で暮らしているので、霧ヶ峰まで1時間という感じでした。

           

           

           

          白樺湖

           

          全面結氷した白樺湖です。お客さんはいないし閑散としています。こうしたところの従業員は冬はどうしているのでしょうか。寒天工場ですかね?

           

          さて霧ヶ峰への途中に車山があり、ここはスキー場が賑わっていて、そこまでは往来もありました。そこを過ぎると車はいません。そして、冒頭のパノラマと出会うことができました。

           

          夏の間は多くの観光客が目にしたでしょう、アルプスの遠景。しかし、このようにべったりと白い衣装をまとった北アルプスをこのビーナスラインから目にする人は限られていることと思います。

           

          右の方に形の良い三角形の「常念岳」が見えます。信州大学時代、松本で4年間この常念岳、そしてその左の斜めの直線雪形が並ぶ「蝶ヶ岳」を真正面に見て過ごしてきました。写真では蝶ヶ岳の後ろに「大キレット」がはっきり写っています。そして、松本で見たときはこの2峰(+知名度は劣りますが大天井岳)が高く聳え、槍ヶ岳などはその後ろに隠されてしまっているのですが(下宿のある岡田地区の話で、信州大学のあたりまで南下すると槍ヶ岳の穂先はちらっと見えます)、ここでは、常念・蝶は前座として、己れの立場を低くし、その背後の主峰、槍・穂高連峰が高く見えているのです(実際高いです)。

           

          立っているビーナスラインが高いから実相が見えるのですね。

           

          35年前に松本から美ヶ原へ訪れた時も、同じように体験しました。美ヶ原に登っていくにつれどんどんと背後の北アルプスが高くなっていくのを体験しました。ヘーゲル「精神現象学」の言葉を思い出しました。「意識・視座が変わると対象自体も変化する」。自分が成長して見方や尺度が変わることによって、いままで見えなかった新たな対象が生成する。自分の位置が高みに達すれば達するほど、これまで見えてこなかった対象の真の高さが、見て取ることができる。実は(in truth)、常念の陰には3千メートルを超えた主峰が聳えていて、それはたかだか標高600mの松本という町の視座からは認識することができない、ということでしょう。もちろん、大キレットも見えるはずがありません。

           

          ちなみに、大学生だった自分にとって、この「大キレット」には畏怖の念が強く、どうしてもこれが何か恐ろしくて「槍・穂高の縦走」は結果、叶いませんでした。いまならそうでもないですが、でも体力的にどうでしょうか。いつか息子が親の縛られていた限界を乗り越えて「槍穂」を達成してくれる日をひそかに期待したいです。

           

          左右18cmというこのブログの制限がなければ、もっといくらでも大きく掲載したい光景でした。

           

           

           

          槍ヶ岳

           

          上の写真から槍ヶ岳を最大限引き伸ばしてみました。典型的な氷河が削った形ですね。

           

           

           

          中央アルプス

           

          こちらは中央アルプス。ここには登ったことがありません。なお、伊那や飯田など南信地方も私は好きで、実は就農への準備旅をしていた時に東京から何度か足を運んだこともある地域です。西に中央アルプス、東に南アルプスを眺めることができるるロケーションは最高ですね。長野と静岡、愛知の接する地方は、とても山深い魅力的な土地です。

           

           

           

          南アルプス

           

          南アルプスです。東京時代に鳳凰三山、仙丈ケ岳、北岳に登りました。松本を離れ、東京時代に山の意識というのに変化があって、スポーツ登山というよりも鬱蒼とした深い森への憧憬が強くなったように思います。それが、現在の奥羽山脈につながっているようで、自分にとって、南アルプスはまた特別の存在でもあります。聖岳・光岳とか南部の方も登りたくて地図を見たりしましたが、就農して実現しませんでした。

           

           

           

          霧ヶ峰のプレオ

           

          霧ヶ峰の終点までやってきました。お客が1人だけいました。写真は夏場はほとんど乗ることのない私用の乗用車プレオです。普通乗用車は家内が乗っていて、私がピアノやその他子どもの送迎をする時などのため買った安い中古車です。軽トラでは乗り切れないので。。白樺湖から先のビーナスラインはほとんどが雪道(凍結路)でした。

           

           

           

          黒曜石ミュージアム

           

          さて、白樺湖付近で「黒曜石体験ミュージアム」という案内看板を見つけたので、霧ヶ峰からの帰路に寄ってみました。看板の場所から、茅野市から白樺湖を越え反対側にかなり15分以上走った末にありました。

           

          私は黒曜石のファンなので、来てみてよかったと思いました。展示もさることながら、お土産が充実していて、ここで長野土産の半分は入手しました。黒曜石のお守りや飾り物、鹿の角のナイフと石がセットになったものとか、いろいろ興味深いものが並んでいて、かなりじっくり時間をかけて選びました。お客さんは私だけでしたし。。そしてこのお土産はこのミュージアムで職員が手作りしたものである点も特筆すべきです。他所から仕入れた土産物ではありません。買い物には入館が必要ですが、ぜひ入館して見学し、黒曜石のお土産を手にしてください。

           

          「銀河鉄道の夜」にも黒曜石は登場しています。

           

           

           

          滝の湯

           

          麓まで降りて来て、蓼科方面へ向かいました。「蓼科グランドホテル滝の湯」は、大学1年の夏休みに住み込みでアルバイトをした思い出の場所です。この日はちょうど明日まで休館改装中ということで、中に入ることはできませんでしたが、道路からの坂道のお地蔵さんも含め、懐かしい場所です。バイトは従業員用の寮で寝泊まりしますが、夜バイト仲間で1部屋に集まってワイワイと話したり、みんな若かったし、仲良しでした。いろんなところから集まっていて専門も違うし目標も違う。寮にこっそり入ってみましたが、いまは全室個室になっているようで、かつてのようにオープンにはいかない感じでしたね。

           

          当時はバブル前ではありましたが、夏でもありお客さんも多く、いまよりは景気も良かったのではと思いますね。現在は滝の湯も苦しい経営を強いられているようで、大学の頃にはわからなかったような「オトナ話」も工場で耳に入ってきたりしました。

           

          なお当時はプールがあったはずなんですが、見当たりませんでした。

           

          このあといったん茅野に降りてきたらちょうどお昼になったのでいったん工場に戻って弁当を食べ(金曜の昼なのでカレーです)、それから諏訪湖方面へ出かけました。ホームセンターでタラノメ用の水につけるバスケットを買い、SUWAガラス館でガラスのお土産を買い、1000円カットで散髪し、諏訪大社を見て、オルゴールの館を見て、温泉に入り、ネットカフェでメールチェックと検索をして、工場に戻りました。

           

          何と言っても主役は午前の霧ヶ峰でした。

           

          それほどの疲れも感じずに工場で晩御飯を食べ、また翌日は4:30に起きて草仕事に戻りました。

           

          ちなみに、携帯もなく地図も持って来ない環境でこのような旅ができたのは、車のナビのおかげです。寒天工場も分かりづらい場所だし、ナビがなければ何もできない体になってしまっており、それはそれで愕然とすべきです。バイク時代は「ツーリングマップル」でどこへでも行ったのですが。。今回では、目的地の名称をまず地元人に聞くなりなんなりで探り出して、工場の電話帳で番号を調べることができれば、セット完了、です。

           

          記事を変えて、エピソードはまだ続けます。

           

           

           

          天狗尾根

           

          付録: これまでの山登り経験(大したものではないですが)から、いまでも記憶に焼きつく長野関連2点をプリントフォトから読み込んで、この機会に掲載してみました。八ヶ岳の赤岳を登った後に南下して、キレットを無事下り、「キレット小屋」辺りで夕暮れに。平日だったこともあり小屋にもテントサイトにも誰もいなくて、単独行だし半径何キロかに自分しかいない状況で、日が暮れて行く「天狗の尾根」。あまりに神々しく、畏怖の念を抱いた光景でした。

           

           

           

          涸沢紅葉

           

          こちらは有名な紅葉の涸沢です。出版社時代、若いバイト生とともに(新宿発の夜行電車だったかな)。この時は上高地から岳沢を登って前穂・奥穂とピークを踏んでから涸沢へ降りたと記憶しています。奥穂の山荘へ泊まって、涸沢まで下山したところですね。ここのナマカマドも忘れられない色彩で記憶に深く残っています。1993年頃と思います。

           

           

           

          黒部の山賊

           

          おまけです。この本のことを思い出して探し出してきました。25年くらい前に古書で買いましたが、実に面白く、一気に読める本でした。古い最初の装丁の本で、ただ実際は山渓社から出ている新版の方が活字も読みやすく、新しい写真や記述も加わっているとのことでオススメですね。北アルプスで最も奥深い山域の憧れである「雲の平」や「水晶岳」(ともに名前も良い!)を舞台にした、荒唐無稽な山の出来事にどっぷり浸かり仕事や日常のことなど一切忘れていたい、そんな1冊です。

           

           

           

          posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 07:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          長野で伝統的な寒天作りに従事
          0

            寒天工場

             

            久しぶりに記事をアップいたします。12月の6日から70日間、長野県茅野市の寒天工場で住み込みで仕事をして、帰ってきました。

             

            これまでは冬場は盛岡市で農家の土壌の分析作業を行っていましたが、分析装置の老朽化で昨年度で事業が終了となり、今年は類似のというか、できそうな仕事を通勤圏内で探してみましたが、結局「冬だけ」という仕事はうまく採用にならず、たまたま大学時代の思い出の地である「長野県」に選択のチェックボタンを入れて仕事検索して、見つけ、決まったのでした。

             

            冬場はタラノメの出荷もしていて、去年までは土日と平日帰宅後(19:30〜21:00頃)の作業で通勤と両立していましたが、休む間もない疲れる日々でありましたし、逆に作業を均平化しようと早くから伏せ込みを始めて、終盤に素材がなくなってしまったという結果にもなりました。。

             

            それで今年は冬の4か月を2期に分け、前半をこの寒天出張に、後半の2か月をタラノメ専業(+米やにんにくの出荷)に集中して充てようと決めたのでした。

             

            そんなわけで、12月5日岩手を経ち、長野県茅野市(金メダル小平奈緒の出身地です)で2か月間暮らすことになりました。

             

             

             

            草

             

            私に与えられた仕事は、テングサの洗浄です。毎日、乾燥した草500kgを包みから開封していったん水に漬け、翌朝はその漬けた草を洗浄機に入れて洗浄し、水槽に漬け(2日間)、一昨日漬けた草を、茹でる部門である「釜」に送り出し、そして搬入された乾燥した草を1段階目の水槽に漬ける。この作業のくり返しです。

             

            テングサは栽培ができないそうで、採集に頼るということで、昨今はなかなか入手量が増えていかないようで、貴重な資源とも言えます。外国からの輸入が多く、それに国内の伊豆漁協産も混ぜて使用しています。

             

             

             

            タイコ

             

            これが洗浄機です。朝4:30に起きて2階の部屋から下の作業場に降りてきて、まずボトルにレギュラーコーヒーを沸かして入れ、それから第1段階で乾燥品を昨日水に漬けたものをホークで取り出してこの洗浄機に入れて、1番草と2番草は25分間、水を注入しながらタイコを回転させます(写真は3番を洗浄中です)。

             

            草は3番まであり、3番だけは乾燥した草をそのまま放り込んで50分間洗浄します。3番草はそのためか泡が最初多く発生します(左の洗浄機)。

             

             

             

            水槽

             

            洗浄した草は本日早い段階で草出しして空いた水槽に入れて、それは明後日釜送りになります。一昨日入れた草をコンテナに移し替えて、ローラーで午前11時までに釜まで送る草出し作業を毎日します。写真はローラーに乗り釜へ送られるコンテナが待機している状態。

             

            中央にホースが見えます。水は全て地下水(地下50mの井戸水)を使用しますが、夜間には10個くらいある水槽にこのホースを1つずつ入れて水を掛け流しにし、水槽内が凍らないようにします。昼間は草入れや草出しの邪魔になるのでこうして今日は使わない水槽の草の上にまとめて置いておきます。緑のケースからホースがタコ足のように出ていて、右下に見える太い蛇腹ホースで地下水をケースに投入して、タコ足ホースで全水槽に行き渡らせます。設置は夕方の最後に行う作業です。

             

            ちなみに奥に土手があり、車が並んでいますが、遠方から住み込みに来ている人たちの車です。矢印が自分ので。。

             

            仕事は午後4時には終わるので、それからすぐ風呂に入り(入る順番なので)、5時半頃には夕食です。テレビを見て、9時に消灯です。時々は夕食前に車でワークマンに行ったり、ネットカフェへ出かけメールチェックや検索をしたりもしました。遠足もしたし車で来て良かったです。

             

            食事は3食、給食センターの配達する給食でした。70日間1食も休まずに弁当を食べ続けました。ご飯は食べ放題です。自分で作らなくていいので、まあ楽ですね。食費は給料から天引きにされます(安いです)。

             

             

            釜

             

            こちらが、同じ建物内にあるテングサを煮る釜です。相当大きく、毎日1,000リットルくらい重油を焚いているようでした。最初の写真は車の置き場所からこの釜を炊く時の煙を撮った写真でした。

             

             

             

            草入れ

             

            釜セクションの若い2人です。私が洗った草を釜に投入しています。11時から始めて、写真は午後1時頃の段階です。彼らはこの作業を2時頃まで行った後、風呂や夕食など休憩に入り、少し雑用もあるらしいですが夕方5時頃には寝て、夜の11時に起きて1日の仕事を開始します。非常にハードなセクションで、誰もができるわけでは決してありません。結果的に残った精鋭2人がこの若者たちです。

             

             

            バケット

             

            夜中にトイレに起きることがあると、金属の軋む音が聞こえて来ます。クレーンの操作音で、茹で上がった草と茹で汁を一緒にこのバケットで、写っていませんが、隣の濾過層に移し替えます。布のようなフィルターの上にドサっと載せる格好で、下には濾過された綺麗な寒天の汁のみが溜まっていきます。

             

             

            生天

             

            溜まった煮汁をホースで静かに箱に流し込んで、寒天の原型が出来上がります。これがいわゆる「生天」「ところてん」になります。切れ目が入っているのが見えるでしょうか。これを外に「天出し」します。

             

             

             

            天切り器具

             

            これが「天切り」の道具。釜の係の仕事になります。夜明け頃の作業ですね。最後に私が仕事を終えて出発する際に撮らせてもらいました。坂口さんは世界中をバックパックで歩き、山岳も海のダイビングや釣りもこなし、自由な世界観で自然や人々を見続けて来た人と言えます。ネパールでヒマラヤをロングトレールされた話など、とても刺激になりました。こうした旅を息子としてみたいと強く思いました。が、いまの農業の現実で、1か月というようなスパンで海外を歩くということは、なかなかできることではありません。そういう生き方を選択する人には敬意を抱きますし、しっかりした考えといろんな努力の上に成り立つこととも思います。

             

            まもなく寒天の仕事は終了するわけですが、そのあとはヒジキの作業を少し行った後にタイへダイビングに行くそうです。家族を持ち定住する時期も近いのかなとも感じましたが、冬以外の3シーズンは山小屋で働くそうで、ぜひ時代に合ったセンスで山小屋経営をなさって成功していただきたいものです。

             

            折りしも、長野だけのテレビ放送で、槍ヶ岳山荘の4代目(30歳)が東京での仕事を辞めて代々継ぐ山小屋にスタッフ入りしたという1時間番組を見ました。私が槍に登った頃は2代目の穂刈貞雄さんでしたが、この放送の収録直後に亡くなられたそうです。

             

            彼一人のことではありませんが、なかなかわれわれには真似のできない生き方に出会いました。これからのご発展を祈ります。

             

             

             

            天出し

             

            さて、野外に天出しされた直後の寒天です。長野県茅野市は雪がほとんどなく湿度が低く、最低気温も−8度と、寒天作りに適した気候です。ここで強い寒気に晒して良い寒天が熟成されていきます。なお、軽井沢などの茅野諏訪よりもっと寒い地域では、寒すぎてまた適さないという話でした。県北部も雪が多くてダメです。

             

             

             

            天干し

             

            青空のもと、寒天がいい感じで並んでいます。岩手と違って、特に晴れると日中の最高気温が高いです。晴れれば春のようです。

             

             

             

            雪払い

             

            さっと雪が積もることも当然ありますが、こうした時は竹ぼうきで払ってやります。作業しているのは「庭」のセクションの人たちで、最も多く15人くらいいます。天出しされた寒天を並べ替えたり、運搬車で移動させたり、最後は奥に見えるハウスで乾燥させたりという作業を行います。草の部門は私1人でして、孤独なセクションではありました。そのため、洗って漬けた草を水槽からコンテナに入れて釜に送る作業はこの人たちの支援で一気に行っていました。

             

             

            電話

             

            タバコ休憩スペース。急な階段を上ると居住地区です。私は携帯がないため、電話はこれです。2週間に1度くらいはさすがにネットカフェに行きました。そこはソフトクリームが食べ放題なのが良かったですね。これからはやはり携帯がないとやっていけないし、便利かどうかとかいうよりも社会の仕組みから目を閉ざす行為とも感じられ、必要性を痛感してきました。ネットでの農産物の販売の面でも、たまに携帯からの注文があって、こちらのパソコンからのメールが先方に届かないといったことがあります。メールのチェックも携帯があればメールサーバーに入っていって送受信可能ですし、こうした出先での交通面や行き場所の検索も必要になりますね。来年の冬に向けて、本気で準備を考えたいです。

             

             

             

            茅野からの八ヶ岳

             

            住み込みの人が入るお風呂は、普通の家にある大きさで1人ずつ入ります。キャリアによって順番が厳格に定められており、相撲部屋のようです。多くは夕方5時までの勤務なので、4時に終える私は2時に終わる釜の人たちの次に風呂に入って5時までには上がるようにしておりました。

             

            とはいえ時々は車で温泉にも出かけます。ここは10分くらいのところにある「望岳の湯」という温泉で、八ヶ岳が見事に一望できる場所にあります。写真では感動を伝え切れませんが、良いですね。信州の山は。夕暮れ時、雪の波打つ山肌が神々しいです。

             

             

            お店

             

            工場から歩いて5分くらいのところにホームセンターとスーパーや百円ショップ等があり、便利でした。道路は国道20号。甲州街道ですね。沢内にいるとねじ釘1つ買うにも不便でしたので、店が近いありがたみが痛感されます。メモに控えておいたタラノメ用の資材器具も茅野で買って帰りました。

             

            信州大学生の頃にあった「松電ストア」は「デリシア」と名を変えていま風な感じになっていました。時々は酒も買い、せっかくなのでよそ製の焼酎やビールでなく地酒を買いましたが、木曽の「七笑」が自分には合いました。学生の頃「一升瓶のワイン」を「コンパ」とかで飲みましたが、これは健在でした。

             

            そんなわけで、2月15日に終了した後は1日松本を旅し、山形での研修会を挟み、2月18日夜に帰宅しました。その後はタラノメ作業や申告の作業、子どもたちとの約束だったディズニーランド行きなど実に多忙で。。積雪は3mになっており、山ぶどうの這うハウス(パイプのみ)は山ぶどうの上に雪が乗ってパイプが潰されました。ここでは山ぶどうは無理と断念し、春にパイプを抜いて、ジャガイモやニンジンの露地スペースに改めます。

             

            タラノメは去年後半に失速した経験を踏まえ、最初に書きましたが3月〜4月に集中してしっかり出す計画で伏せ込みを続けています。その様子、そして長野でのエピソード(遠足)等はまた改めて記事にします。

             

            20人を雇っての寒天工場でしたが、経営者は私たち個人事業主と同じ延長の、いわば農家さんのような方です。経費も投入し規模はもちろん私たちとは比べようもない経営でしょうが、夏は田んぼとかもやりながら、営業の旅に出たりもするそうです。その点はわれわれ農家とは夏と冬が逆転した格好ですね。この近辺が発祥の地と言われ、江戸時代から続いているとか。見学に来る人も多く、そういう人には外から丸見えの施設内で1人いる私が声をかけられます。羊羹に寒天が使われていることを初めて見学者に教えられて知った次第です。

             

            農機屋さん情報によると、寒天作りの際は、水の確保が一番だそうです。蓼科の方からではなくて、霧ヶ峰の方から流れてくる地下水脈が良い水だという話も聞きました。

             

            さて、今回の写真に掲げたような昭和のスタイルの寒天作りが今後いつまで続くでしょうか。30kgや50kgの乾燥草を水に投入し、ホークを使って水槽から草をコンテナに入れ、コンテナから洗浄機に入れ、洗浄機からコンテナに移してそれを次の水槽に入れ、2日後に水槽から出してコンテナに入れ、それを釜に送る。地道な作業。労働とは何か、を考えさせられます。休憩時間は特になく、話をしたり、あるいは機械のトラブル等があって作業が止まれば、その分遅くまでかかるだけのこと。「時間」で動く「庭仕事」の人とは違い、1日分の作業を終わらせたら終わり、のスタイルです。ちなみに働いている人は、ほうれん草やりんごの農家(地元や青森から)、漁師、庭師、山小屋で働く人(先の坂口氏)、たまたま仕事の切れ目だったので来た、などという人たちでした。

             

            私の担当は「水舎」と呼ばれる草(テングサ)を洗う仕事。農業のように果てしのない作業ではありません。1日分の工程が終われば自由だし、あれこれ悩むこともありません。農家は先行きのことをいろいろ考えて不安になります。このタラノメは無事売れるのだろうか。その前にちゃんと物になるだろうか。機械は壊れないだろうか。寒天の経営者もそんな忙しない気持ちで従業員に指示を与えながら激動の4か月を乗り切っているでしょう。

             

            冬の仕事の何かヒントになれば、との気持ちもあって長野に出かけました。ただ寒天はこちらではできないし、規模がやはり個人として真似できるものでもありませんでした。しかし懐かしい信州で、出会った人たちと会話しながら過ごせた70日は貴重な体験でもありました。休みは途中1日しかなかったので、お金を稼ぐ条件というのは良いと思いますが、コツコツ続く重いコンテナを休みなく引き摺り回す作業は、農家でないと苦痛かもしれませんね。

             

            沢内で当初にお世話になったおばあさんの言葉を思い出しました。

             

            「おばあさん、そんなに休まずに動いて作業して疲れないですか?」

            「動きながら、休んでら」

             

            動くと休むは普通は別なので、寒天庭仕事のように「休憩」が必要ですが、農家は動く=休むを同時に行っています。だから、休まずに1日を過ごし、それを何十日も続けられた。登山も同じですね。仕事とプライベートは別ものではなく、一体化していて、それが「暮らす」なんだ、と思っています。でも、このおばあさんの言葉を思い出し何度も反復しながら作業をしたので、そのおかげで71日の連続無休日無休憩の労働の日々を、何とか終えることができたのかもしれません(くり返しますが1日だけ休み、ドライブに行きました)。

             

             

            寒天

             

            お土産にいただいた角寒天を食べて元気に春を迎えたいと思います。

             

             

            posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            乾燥にんにくスライスとドライブルーベリー
            0

              いきなり大雪

               

              突然に50cmの積雪が来て、外仕事は強制終了の沢内です。りんどうの秋じまいを終え、ハセの片づけをすませ(1日仕事)、前日にはブルーベリーや庭木の雪囲いを慌ただしくすませた直後の積雪で、ぎりぎりセーフといった感じです。特にブルーベリーは幼木もあり、これだけ降られては棒に縛っていく作業自体不可能でした。

               

              残るは、タラの木の伐採です。これは一度積もってからでも良いという気持ちで最後の作業にしていたのですが、さすがに50cm積もられると、畑を歩くのも容易でなく、伐採する切断点が雪の下になっていて、よろしくないのです。運搬車も入ってこれませんしね。

               

              雪をかぶった軽トラは、夏タイヤでもあり、とりあえずこの状態でしばらくいてもらうしかありません。タラの運搬が終わった後に、運搬車を荷台に乗せてから奥の作業舎に入庫し、春まで冬眠です。

               

               

               

              スライス2

               

              タラの木の伐採ができないので、まずは屋内作業を進めます。夕暮れ後の作業として進めていたスライスにんにく用のにんにくの準備がまずはまとまった量になったため、加工作業を進めました。

               

               

              スライスボーイ

               

              今年正月過ぎの時の写真ですが、モーターで回転する切断機を使用します。回転刃は厚さ2.0mmを使用。付属していた0.8mmの刃では薄くて乾燥後にくっつき合ってしまいます。薄いスライスを手で揉み砕いた状態にしたものもそれなりに良さそうではありましたが、ここは形がしっかりした力強さを持った形状が良いかと、2.0mmを選択しました。2kg程度の材料を準備しましたが、切断作業は一瞬です(2分くらい?)。

               

               

              スライス1

               

              今回は「八幡平系」を使用。八幡平系の特徴は、とにかく出芽が遅いこと。出根は標準的に始まるのですが、根の部分は切り落として使用しませんので、これは問題はありません。これから年末になってくるとホワイト六片とかだと芽の緑色が混じったりするので、見た目上も八幡平が適しているかもしれません。特有の茶色い薄皮が混じっていますが、出荷の時には取り除きます。

               

              スライスにんにくの1番面倒な点は、りん片まで完全に皮むきをすることです。当たり前のことですが。。八幡平や八木ではりん片とにんにく実質部の間にだんだんと隙間が空いてくる傾向があります。そのため、一晩水に浸けてやると、割と簡単にするっと剥けてくれるのです。ホワイト六片は皮が実質部に密着していて、皮むきは大変な部類になります。

               

              サイトでも書いておりますが、にんにくの鮮度は、必須である氷温貯蔵していても最大で3月まででして、4月から収穫時の7月まではこのスライスにんにくで食べていただく形になります。青森の産地では特殊な技術を駆使して周年芽が出ないような処理をするのですが、私にはにんにくへのかなりのダメージを与える処理と思い、「自然な形のにんにく」から遠ざかった行為のようにも見えます。

               

              かえってまだ鮮度を保持しているいまの時期にスライス化して、風味を閉じ込めてやりたいと思っているところです。同じことは黒にんにくにも当てはまり、鮮度の良い状態で仕込んだ作った方が良いと思います。両者とも1年くらい何ともないので、早い時期の仕込みが肝要かと思っています。

               

               

               

              ドライブルーベリー

               

              さて、今年は、自分としてはブルーベリーが割合採れた方でして、在庫を冷凍にして貯蔵しているのですが、この機会に「ドライブルーベリー」にも挑戦してみました。

               

              2kgくらいでしょうか、ジップロックから取り出して水洗いし(収穫後初めてここで水洗いです)、トレイに並べます。

               

               

               

              ドラッピー

               

              食品乾燥機に入れます。にんにくもですが、40度の設定です。にんにくの方は15時間で、ブルーベリーは実に48時間とのマニュアルの記載に従い設定します。

               

              こちら2段階で試験してみます。柔らかめの方は33時間くらいで取り出し、固めにする方はそのまま48時間乾燥にかけ続けます。せっかくなので、両方の仕上がりを見てみたいと思います。

               

               

              33hと48h

               

              仕上がりました。乾燥後1日経ったこともあり、見た目の違いが薄れていますが、33時間の方はやはりしっとりとしています。どちらが好まれるでしょうか。貯蔵性は48時間乾燥と思いますが。。

               

               

               

              ポップサーカス

               

              さて余談ですが、末娘と仙台までサーカスに行って来ました。前にも一度盛岡へ来たサーカスに行った記事を書いたことがあります(2010年9月)。その時にも書いたはずですが、私自身、幼少時に見たサーカスの記憶がずっと消えないで残り続けておりました。普段会話や何かで表立って思い起こすことはないとはいえ、脳裏に深く焼き付いているビジュアルです。

               

              前の時は末娘はまだ1歳で、記憶にないので、今回は良いチャンスと思いました。この日11月19日はしかも大雪。上の2人は用があったり、まあもういいかなという感じで、結局末娘と2人で。今年初めての本格的な雪道走行で高速を南下しました。北上を過ぎ金ヶ崎辺りまでは完全な雪道で、前沢の辺りで雪は消えました(時折降ってはきました)。

               

              寒い日ではありましたが、決心して出かけて良かったと思います。雪道走行で当初予定より到着が遅れ、自由席がなくなってしまい指定料金がかかってしまったのは、地元からの気軽な参加に比べて、ちょっと悔しくもありましたが、仕方ないことでしょう。

               

              10時半からの2時間の公演は、世界中から集まったサーカス員の素晴らしい技の数々で、感銘を受けました。特に冒頭の意表をついた空中ブランコには、ああこれがサーカスの感動なんだ、と感じ入りました。写真は、終了時に出身国の国旗を持って挨拶するシーンです。遠い国からはるばる仙台までよく来てくれましたね。サーカスの人生はディズニーのイメージでは辛そうな感じだったりしますが、子どもの頃から旅を続ける人生なんでしょうか。学校とかは? 団長というのは太っていて金の勘定ばかり考えている悪者イメージとは違うのか? などと思ってしまいます。

               

              ディズニーランドのパレードやショーにも同じことが言えるかもしれません。幼少時のこうした光景は、きっと生きる糧になってくれることと思います。

               

               

               

              八木山動物園

               

              サーカステントの近く、三井アウトレットパークのフードコートでラーメンを食べて、それから、八木山動物園へ向かいました。前に息子と来た時もですが、八木山への道は分かりづらいです。迷いつつ到着したのは午後2時半で、閉園の4時まで時間がない。。。けれど、結果的には1時間半で全部普通に歩いて見学できました。盛岡の動物園は爬虫類が少なく、ここは爬虫類館があるので、これはまず優先して見て来ました。

               

               

              ゲレザ

               

              最後に見たゲレザ(アビシニアコロブス)。珍しいですね。ちょっと分かりにくい通路にあって、見落とす方もいるかもしれません。閉園4時ギリギリといった時間帯。そしてこの後もう少しお土産コーナーもゆっくり見たかったですが、まずは去りました。

               

              ところで、今年の初夏頃からですが、作業中腰を強くひねった時より、お尻の筋肉の奥の方に鈍い痛みを感じておりまして、それがこの11月になって急に悪化し、現在回復を目指しストレッチに励んでいます。どうもお尻の内部にある梨状筋という筋肉の筋膜を痛めてしまっていて、それが坐骨神経を通じて同じ側の太ももの裏側にも関連痛を招き、さらにふくらはぎから指先までも痺れを感じたりと、結構重篤な痛みでした。

               

              病院で2度「トリガーブロック注射」を打ってもらい、昨日あたりから少し改善した感じです。りんどうの片づけ作業も辛かったですが、軽トラの荷台に積んだりんどう残骸をゴミ捨て場で投げ捨てる時、雨続きで重くなったりんどうのカラを適量束ねて持ち、ゴミ場の側へ捨てる時の体をひねる動作が痛く、大変でした。りんどうを刈る時の草刈り機の刈る動作もこたえました。

               

              また、続いては稲の乾燥脱穀が終わったハセ棚をほぐし、棒を2本ずつ脇に抱えてズルズル搬送し、作業場の2階へ立て掛けて、その後2階に上がってその棒を引き上げて床に並べる、という作業。休み休み、足と尻をいたわりながらの作業です。

               

               

              ハセ搬送

               

              この作業です(おとどし)。少々雪があっても構いませんが、ないに越したことはないです。

               

              草刈り作業、あるいはスコップで掘るといった作業など、体をひねるという動作が多い農作業です。ふつうに歩くだけならかえって梨状筋のストレッチになって、回復も早かったかもしれませんが、農作業のいろんな動きが結局痛みを持続させて回復を遅らせたことでしょうか。仕方ないことですが、結果積雪直前に間に合ったので、良かったです。。そして今回雪が降ったことでかえって安静の静養を判断し、コタツや風呂で十分に温めた状態でいろんなストレッチをやりました(コタツは4足の下に木片を入れて台を高くします)。サーカスの日までは辛かったですが、その翌日に病院で2度目のブロック注射をしてもらい、雪のためゆっくり静養し(スライスにんにくを作りつつ)、リハビリだけに徹したことで、回復を見ているという状態でしょうか。

               

              農家は体が資本だし、秋の繁忙期・稲刈りの真っ最中にこのような痛みを抱えてしまっては大変なことです。これを機に、梨状筋だけでなく、足腰全般についても、日々ストレッチをすることの必要性を感じました。繁忙期には気にかかる目前のことが山ほどあって、自分の体の数分のほぐし作業も難しく感じますが、結果的に「永続農業」のための大事な要因であると、認識せざるを得ないところです。年寄りたちが、手押しカート(老人カート)を押しながら歩くと楽だ、と言っていたことを実体験することができました。同等の痛みを抱えた農家は多いと思います。長年体を酷使してきた年寄り農家たちの気持ちが初めて理解でき、そうした人の気持ちの側に立つことの必要性をも改めて痛感した次第です。

               

               

              家の前雪かき

               

              雪が止まらず、午前午後の雪かきも25日土曜日から本格的に。それにしても気にかかるのは、タラの木の伐採ができないこと。。せっかく無理やり運搬車の轍を付けて1/8くらい分は運び出してのですが、また運搬車の入れない雪深さになり、途方に暮れています。気温がずっと低いので、少々の雨では溶けてくれそうになく、根雪になりそうな勢いです。雪の中にノコギリ(剪定鋸)を差し込んで手探りで位置決めして伐採し、現場で10本強に束ねてズルズル雪上を引いて除雪された道路まで出すか(約100m)。しかも軽トラは夏タイヤでしかもパンク気味。。幾多の難関が待ち構えています。。

               

               

              タラの木運搬

               

              去年はこんな感じで畑に入れ、楽勝でしたが。

               

               

              posted by: 渡辺哲哉(園主) | 野良仕事 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              冷夏と、最高にぬかるんだ稲刈りの年。。
              0

                紅葉2017

                 

                今年も紅葉の時期を過ぎ、慌ただしく秋じまいを進めています。いつも春に写真を投稿している山桜も綺麗な紅葉となり、春のピンクと異なって、周囲の木々と同化しています(写真中央やや右下)。晴天が極めて少なかった今年は、紅葉もイマイチ精彩を欠いているところでしょうか。既に収穫期を過ぎた白りんどうと、まさに収穫が終わる淡い紫のりんどう(最後に咲く品種)も、秋色に色添えを与えています。

                 

                 

                 

                稲刈り2017

                 

                10月の上旬にいわてっこから刈り始めた今年の稲刈りですが、ずっと雨続き。石カラで干せ気味のこの写真の田のみが唯一まともに機械が入れたという状態で、あとはぬかるんで大変な稲刈りでした。

                 

                 

                ハセ掛け2017

                 

                干せ気味の田は結構良い稲になっており、泥で汚れず綺麗な稲束になっています(あとは結構汚れました)。チェーン除草機とエンジン除草機の併用で、今年は草も例年よりは抑えられています。

                 

                 

                 

                最後の稲刈り

                 

                そして、晩生品種のひとめぼれは今年は12アールの田1枚のみでしたが、冷夏と雨続きで登熟が遅れ、適期かという頃にちょうど先週の台風21号で延期。その時の雨が田から抜けるのを待って、やっと26日に稲刈りができました。隣のタラの木は紅葉が進んでいるところですね。

                 

                ここまで遅れた稲刈りも初めての経験でした。実際籾摺りまで進めてみないとわかりませんが、稲刈り時期をじっとを待つことで、今年の天候でもそれなりの米になっているとしたら、ここ沢内でもひとめは問題なく栽培できることの実証になります。

                 

                 

                 

                ハーベスタ

                 

                今年から、いわてっこ・ひとめぼれともに価格を600円/kg(玄米で)に改定させていただきました。HPでお米を販売するようになって初めての改定になりますが、それは主にこのハーベスタの購入によるものです。玄米での販売が多い当園では、白米の出荷時以上にお米の品質が気にかかります。アラ(籾)やくず米、異物などを的確に取り除いて品質を保つためには、このハーベスタと籾摺り機、選別機を備えた計量器の3装置がきちんと正常に稼働してくれることが必須です。欲を言えば、色選機(色彩選別機)があれば完璧でしょうが、これは目玉が飛び出るほどの価格で、われわれ小農家の手に届くものではありません。近所の所有者に頼むこともできなくはありませんが、玄米の30kg袋を1つずつ開けて色選機に通していく作業は、とても面倒がられることです(彼らは最初から乾燥機より落ちてくる籾摺り機ラインに接続して色選します)。カメムシ害の除去に一度お願いしたことがありましたが、確かに面倒をかけました。

                 

                 

                 

                ブルーベリーの紅葉

                 

                紅葉のブルーベリーです。今年のブルーベリーは、カラス対策にネットを掛けましたが、これはある意味、失敗でもありました。ネットを掛けるときに網目が実に引っかかって随分落果させてしまったし、8月後半に行っていた園地の草刈りが、ネットやパイプ支柱の設備が邪魔でできず、最終的に草が伸びてネットと絡まり、結局ネットは取り外す際に大半がぼろぼろに破れてしまって、焼却処分となりました。カラス対策は必要ですが、来年はネットはやめることにします。設備を取り外し、草刈りをして、やっとすっきりした園地に戻りました。

                 

                ネットを掛けるために譲られたパイプ支柱は、来年はにんにくの乾燥に使えないかと思案しています。

                 

                泥まみれになったバインダーを洗浄し、出荷が終わった作業場内は、農機収納モードに移行しています。農機を入れていたハウスは雪が降る前にビニールを剥がさなくてはなりません。一部稲を干している乾燥ハウスも同様です。りんどうの片づけもあり、秋じまいは実に大変です。春に設置して秋に取り除く。雪が降らない土地から見れば、毎年繰り返されるこの作業の時間は膨大なロスとも言えますね。

                 

                ブルーベリー等の雪囲いとタラの木の伐採、稲扱きが終わったらハセの片づけもあり、冬はまだまだ来て欲しくないところです。

                 

                もうひと頑張りです。

                 

                 

                posted by: 渡辺哲哉(園主) | 作物の様子 | 13:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                鈴木シェフによる西和賀料理の懇談会
                0

                  鈴木シェフ

                   

                  岩手食文化研究会で、6月頃から企画を温めていた、西和賀の料理人鈴木智之氏の手による食事研修会を10月15日日曜日、沢内太田地区にある「遠巣谷の森文化交流センター」で開催しました。

                   

                  この研究会では、今年の6月に、「次世代に残したい岩手の食材30選」続編(前編は既刊済み)を発行し、私も編集に携わっておりましたが、編集会議等で西和賀の食材の話題が出るたびに、湯川温泉の高級旅館「山人」で料理長をされていた鈴木智之シェフの話題になりまして、実際、熊肉についての記事の執筆に当たっては、この鈴木氏にジビエを含めた熊肉についての取材を行ったりもしました。私たちの中では、鈴木氏は伝統食の枠組みとはまた異なった、まさに現在の西和賀の食の中心的なプレゼンターであるという認識が生まれておりました。

                   

                  鈴木氏は既に「山人」は退職され、現在はパン工房「コルヴァ」を主宰し地元の数点の店舗でのパンの販売をメインにされつつ、こうした食事会の求めにも応じてくださるという活動をなさっています。

                   

                  工房はあっても、店舗や食べるスペースをお持ちではないので、今回は、この鈴木さんにとっても、私にとっても馴染みのあるここ「遠巣谷塾」を定期的に開催している小田島弘枝さんのお宅を会場にお借りしたのでした。私が鈴木氏に会って、今回の食事会のお願いを申し出たのも、ここでのセミナーの時で、その時のセミナーは「三閉伊百姓一揆」がテーマでして、鈴木さんは「百姓一揆を表現した」というパンを参加者に配布してくれたのでした。農民の魂の湧き上がる噴火のようなイメージだったでしょうか。。

                   

                   

                  一揆のパン

                   

                  写真がありましたので、お付けします。

                   

                  小田島さんは長く東京でスタイリストの仕事をされた方ですが、沢内出身のご主人とともにこの地に住まわれ、震災後、主に私たち西和賀住民を対象にした広く歴史、芸術、文学、健康といったテーマについて、第一級の講師を招聘してセミナーを定期的に開催していらしゃいます。

                   

                  こういう素晴らしい場所で、鈴木シェフの料理を堪能し、西和賀の食についてや、ご自身のこれからの展望などを語ってもらったひと時でした。12月よりレストランを立ち上げたいとのことで、愛好する開高健氏の料理を辿りつつ、かつ縄文イメージをベースにした食の場を提供される計画と聞いています。期待も高まりますね。

                   

                   

                   

                  料理概観

                   

                  料理の概要はこんな感じです。ちなみにテーブルとか調度品などは、既に亡くなられた小田島さんのご主人の手によるものです。ご主人もまた東京で、サントリーのCM作家として、まさしく開高健氏が出演するウィスキーのCMを数々手がけてこられた方です。絵画の技もすばらしく、陶芸や木の作り物などもご自分でなさる方でした。絵本童話も出版されています。

                   

                  そういうロケーションで、料理も映えますね。まさにここが西和賀の文化的発信の拠点になっていくのではないかと私は思っております。

                   

                   

                   

                  当園産小麦のパン

                   

                  本職はパン屋さんなので、今回、当園の南部小麦とライ麦を使ってパンを焼いてもらいました。自分の小麦で作ったパンを食べるのは初めてのことでした。

                   

                   

                   

                  クマ

                   

                  こちらは熊肉になります。全然固くないし、臭みもありません。

                   

                   

                  ウサギ

                   

                  こちらは、鈴木氏自身が一番うまくいったという湯田牛乳ヨーグルトを使ったメニューで、ウサギの肉が入っておりました。

                   

                   

                   

                  お通し黒にんにくソース

                   

                  これは、お通しという感じの皿で、これもまた芸術的です。お皿の右上に盛られた黒いものは、当園の黒にんにくをベースにしたシェフ特製のソースです。実に美味しくて、何にでも付けて食べたくなりました。こういう美味しい独創的なものを、どんどん商品化してほしいです。シェフご自身の特製ソースを何通りかお持ちですので、それにより他とは違うオリジナルの料理になっているんでしょう。

                   

                   

                   

                  南部地鶏

                   

                  さて、この食事会の前に、研修先として、南部地鶏を飼育している農場を訪れました。秋田の比内地鶏よりは有名ではないかもしれませんが、岩手の鶏として、知名度もそこそこにはありますし、農場を経営する高橋雅一さんに忙しい中、説明をしていただきました。最近、専用の解体工場も整備されて、これから本格的に売り出すというところです。このお肉も食事会のメニューに入っておりました。

                   

                   

                   

                  若畑創作館

                   

                  最後に、せっかく盛岡から足を運んでもらったので、参加した会員さんには、帰宅時に篭制作工房「若畑創作館」を見学してもらいました。前は当園のホームページでも篭の注文を受けておりましたが、近年はあけび蔓などの素材を取りに行ける人がいなくて、在庫があまりないという状況が続いており、当園でもHPでの受注をやめました。ただ細々とは続けているので、ゼロというわけではありません。

                   

                  お年寄りの活動になるのですが、夏場には畑仕事をして、冬に篭を編みますので、秋である現在が一番在庫が乏しい時期になります。一冬越えて春先になれば、もっと陳列も増えていることでしょう。それなりに素材の蔓も集まってきているんでしょうかね。

                   

                  こうして、沢内を舞台にした研修会は無事終わり、段取りをした私の肩の荷も降りました。

                   

                  次回は稲刈りの話題になります。今日の台風も含め、10月は天気がとても悪く、まだひとめぼれの1枚が残っています。先にりんどうの片づけ作業に着手しており、廃園にする場所のネットや支柱を取り除いたり、来年も残すりんどうの花茎部分をもぎ取って、ネットを一つに重ねて上げて、取り外しする準備を行っています。りんどうの収穫は、明日最後の1箱を出荷して、今年は終了です。昨夜は最後の出荷用の結束をして、すぐそのままフラワーバインダーの清掃に着手し、機械の内部や下に落ちたりんどうの葉の屑などをきれいに集めて掃除しました。ちょっと早めに夜なべをやめて、選挙特番を見て、という感じです。だんだん夜なべも早めに終わるようにはなってきました。

                  posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:26 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  楽しかったにんにく植えの体験会
                  0

                    にんにく植えの会

                     

                    秋の繁忙期真っ只中です。当園では彼岸向けりんどうの出荷が大きな作業内容ですが、現在はまず需要期の出荷は終了し、りんどうとしては極晩品種に移行しております。が、これも結構忙しくて、時に出荷するにんにくの皮むき作業も加わりながら、相変わらずの夜なべ作業の続く日々となっています。りんどうの出荷が途切れることはないですが、そうした開花がつながっていく作付けにより、高い時も安い時もある中で、トータルではならした販売額になることが狙いでやっております。もともと一人の作業なので、ピンポイントの時期を絞って大量に出荷をすることはできませんし、そこで外してしまっては、目も当てられません。。

                     

                    さて、この彼岸りんどう出荷といつも重なってくるのが、ホワイト六片の植え付け作業です。生もので需要期のあるりんどうがどうしても優先されて、ホワイト六片の植え付けは後回しとなり。。そのうち当地ではすぐに冬が来て、雪解けを迎える春は遅く、結果、小さいにんにくの収穫になってしまいがち。

                     

                    そうした困った連鎖をどうしても克服したいと思っていたところ、地元の産業公社職員の瀬川君が中心になって、植え付け体験会を呼びかけてくれまして、9月16日、10名を超える人たちが集まってくれました。

                     

                    いままで、こんな秋の早い時期に植え付けたことなどもちろんありませんでした。多肥で大玉を狙うのではなく、栽培期間を長くとることで大玉を得る。これは自然でかつ賢明な選択と思います。早い時期に植えたことで、実際収穫時にどう反映されるのか、それを試してみたくて、この16日という早い段階の日を選びました。ホワイト六片の休眠が醒めてすぐという最も植え付け一番乗りの時期になろうかと思います。

                     

                    集まってくれたのは、県職員、「食べる通信」の編集さんや県内の協力隊の方、東京から来ていただいた学生さんやお勤めの方、湯川温泉「鳳鳴館」の主人、といった主に若い人たちで、先に触れた瀬川氏のつながりで集まってくれた方々です。

                     

                    ちなみに、写真右上には、ドローンが写っております。

                     

                     

                    ドローン

                     

                    これが飛び立ったばかりのドローンでした。上から植え付け風景を撮影しています。

                     

                    https://www.facebook.com/events/316604922144367/?

                     

                    ↑こちらで、「すべての投稿を見る」のボタンを押すと、その動画が見られます(「食べる通信」山下さん撮影)。その他のこの会についての記事もご覧いただけたら幸いです。

                     

                     

                     

                    カケラ割り作業

                     

                    植えるに先立って、まずカケラ割り作業があります。ここが結構大変なのですが、私はりんどうの作業をやらざるを得ず、完全なお任せで、大変申し訳ありません。

                     

                    にんにく植え付けはホワイト六片のすべてと、八木の2/3くらいを完了することができました。あとは八幡平が残っていますが、これはまだ休眠中なので、もう少し先になります。全量の半分を超えるホワイト六片が植え終わったのは大きな成果でした。

                     

                    また、もっと大きな成果だったのは、集ってくれた若い方々との交流でした。当日の夜は、湯川温泉鳳鳴館で打ち上げ懇親会を行いましたが、いろんな職種の熱い方々でして、遅くまで盛り上がり、本当に良い体験をすることができました。

                     

                    にんにくを植えていただいてありがたかった、ということはもちろんなのですが、単に「援農」目的でお願いしたということではなくて、共に土を触りながら、耕すことの意味や現代に生きる我々の存在理由みたいなことを感じ合い、語り合える「場」であることが大事だったと思っています。

                     

                    「グリーンツーリズム」とは何か、を考える時、お金をいただいて、楽しんでもらえるおもてなしをする、というようなアプローチでは長続きしないし、農家にとっての作業上のメリットは必要です。同時に、その作業を通じて何かを得て帰ってほしいし、野良の暮らしの息づかいみたいなことを感じ取ってほしいと思います。今回は、そういうことが共有できた、とても貴重な一日だったと思います。いつもこうはいかないかもしれませんが、良い巡り合わせだったのでしょう。農家の側としては、そろばん勘定で面倒な作業をやってもらおうなんて考えず、参加者の人たちから何かを学ぼうという姿勢が大事なのではないでしょうか。ふだんポツンと圃場で過ごしているのですから、こういう機会は知見を広げるチャンスですね。

                     

                    もっとも、グリーンツーリズムの時だけ、別の顔をするというのではなく、普段の「農」に向き合う姿勢も同じでいたいものです。結局ビジネス性やお金の収支部分が、生きるための手段としてでなく、目的になってしまうような農「業」を考える時、最終的には行き詰まってしまうのではないか、というのが私の考えです。特に有機農業のジャンルは、「野良とは何か」みたいなことと深く合体しているのではないかと思います。

                     

                    いわゆる「業者」が有機分野に参入するというような時に、ある種の不信感を感じてしまうのは私の偏見かもしれませんが、ビジネス意識が先立っているでしょう。できた商品性だけで見れば、誰が作っても農産物は農産物ですが、何を見据えて耕しているのか、に、こだわりを持ちたいと思うところです。「有機でやりたいから、有機でやる」というのがストレートで好きですね。

                     

                     

                     

                    小麦フルイ

                     

                    さて、今年は本当に天候不順だった夏でして、ビニールハウス内に掛けていた小麦の乾燥も進まず、雨に当たってもいないのに、困ったものでした。やはり日照は大事なのですね。そして8月末の晴れの日に1か月の乾燥期間を経て脱穀し、9月になってやっとゴミ取り選別をして出荷準備が整いました。

                     

                    これまで小型の籾摺り機(米で使っているのとは違うもの)で選別していたのですが、どうも玄麦に傷を付けてしまいそうで、今年は以前のやり方に戻してみました。もともと量も少ないし、結果は綺麗に仕上がったと思います。

                     

                    最初にフルイに通します。この工程をカットしていきなり唐箕に投入しても、結局何回もやり直さなければならなくなります。

                     

                     

                     

                    小麦唐箕選

                     

                    次に、唐箕です。久しぶりに使いましたが、残ったゴミがきれいに飛ばせ、良い玄麦が確保できました。

                     

                    ところで、当園ではにんにくと小麦を毎年交互に輪作しております。農薬を使わない当園の農法では、産地で行っているいわゆる土壌消毒のようなことはもちろん一切しませんので、土壌病害は最も恐れる点です。これを回避するために、今年の秋から来年の夏まで、小麦を一作休み、水張り水田にすることにしました。何年かに1回、必要な対応と思います。

                     

                    簡単に代かきして水は張りましたが、来春に稲の作付けはできません。作付けすると、秋のにんにく植えに間に合わないからです。7月中に水を落として土を乾燥させ、9月ににんにくを植える予定です。

                     

                    そのようなわけで、小麦はこの秋は、種子を維持するためにアリーナのみ小面積播いて、南部小麦は播けませんでした。来年の小麦の販売はできなくなりましたが、再来年には、また復活させますので、どうぞ宜しくお願いいたします。

                     

                    また、にんにくの種子としての販売も、本年で終了しようと思っています。万一、病害を受けたにんにくを販売して、買ってくださった農家の畑にまで影響を及ぼしてしまっては、申し訳ないことです。外観では病害はわかりませんので。。また、彼岸りんどうで夜中まで出荷が続く9月の時期に、植え付けに合わせ日時指定され出荷準備をするというのも、作業上辛いことでした。こうした種苗用にんにくはにんにく専業の方に任せることにして、当園としては、家庭消費向けの小さくても風味を好んでいただける食用利用の方に出荷していきたいと思っております。

                     

                     

                    やまなし収穫

                     

                    さて、春に花を咲かせたやまなし(ハンベエナシ)が、実をならせました。全部の木ではありませんが、とりあえず、手の届くところまで頑張って収穫しました。

                     

                    手前の木は熊にやられ、その体重で木は傾いて、枝も折られております。既に田も熊被害に遭っております。

                     

                    落ちた実が完熟していて良いのかと思っていましたが、木に付いたまま採り遅れてシワシワになっているのもあったので、もいで採ろうと思った次第です。ただ、ラジオで梨農家が言っていたのですが、梨は素人では採り頃の判断が難しい。だからお客さんがもぐ観光農園のようなのはやらないんだ、と。今回適当に手を伸ばして採ったので、早いものも、過ぎたものも混じっているかと思います。この辺は見定める目を養っていかなければと思います。

                     

                     

                     

                    ハンベエナシの木の実

                     

                    うちの木(ハンベエナシ)は大きめです。時期は9月初めなので、早生になるでしょうか。

                     

                     

                    ハンベエナシ

                     

                    まだこんな量です。確かに青いものも混じっていますね。現在はにんにくと同じ-1度で貯蔵しています。これで、どう製品化していこうかと、少しワクワクして考えを巡らせています。

                     

                     

                     

                    ポポー

                     

                    春に播いたポポーの種子が夏を過ぎてやっと出芽し、現在も育苗中です。このまま秋に定植しても、去年そうであったように確実に枯死してしまうので、発泡スチロール箱に入れて室内で冬を越させ、来年の秋に地植えしてやりたいと思います。こういう木の実系は大好きです。サルナシ、カシス、ラズベリー、ブラックベリー、ハスカップ、グミ、スグリなどなど、ブルーベリー以外にもいろんなものを植えて楽しんでいるところです。

                     

                    稲刈りのためのハセ組み作業中で、午後も引き続き進めながら、りんどうの収穫も続けたいと思います。

                     

                    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 野良仕事 | 13:27 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    冷害の夏か。。
                    0

                      ブルーベリー作業

                       

                      当園では一大繁忙期であるお盆用りんどうの出荷も終わり、ふだんの管理作業に戻りつつ、にんにく植え付けのための準備にも取りかかっています。

                       

                      今年は予想外にブルーベリーが実を付けてくれました。剪定を怠っていたことで樹勢が弱くなっているということに気づいて、栽培書も読み手をかけてやり、3年かかって復活した感じです。いただいたご注文分の出荷は終えて、残ったものをお盆のお客を見込んで地元の産直に出してみようということで、子どもたちに採取からパック詰めまで全てやらせてみました。売り上げは3人で均等に分けるようにということで、夏休みの1日、頑張って取り組んでおります。

                       

                      が。。結果的にはブルーベリーはあまり売れず、2/3を撤収してジップロックの冷凍室へ。。ふだん閑散の産直所もお盆だけにりんどうはしっかり売れたようなんですが、ブルーベリーは植木としてみなさん庭に植えているのかもしれませんね。

                       

                      冷凍したブルーベリーが7kgくらいありますので、ジャム等にお使いになられたいは宜しくお活用ください。

                       

                       

                       

                      小麦乾燥中

                       

                      突然やってきた8月の低温で、お盆休み頃に予定していた小麦の脱穀が進んでおりません。。水分も15-16%となっていて、かなり時間はかけて干しているのですが、目標の12%台には届かず、今後の高温晴天を期待しています。今日あたりでオホーツク高気圧は去っていくとの予報なのですが、どうでしょう。本気の晴天がくれば、一気に乾燥は進んでくれるのですが。。

                       

                      出穂した稲の穂もなかなか頭を垂れてくれず、大事な時期の低温傾向に、東北では悩ましさを感じています。

                       

                      今月中には脱穀・選別して出荷に漕ぎ着けたく、いましばらくご猶予を宜しくお願いします。

                       

                      ライ麦も今年は販売しますが、作付けはもう終わりにしようかと思っています。最後のライ麦になると思いますので、よければご利用ください。

                       

                       

                       

                      にんにく米ぬか作業

                       

                      さて、天気は悪くても、次のにんにく植え付けの準備は進めなければならず、取りためていた米ぬかをしっかりと散布して、耕耘しました。これまでなかなか大きいサイズのものが採れなかった経験から、低温多雪のこの地域でそれなりのサイズのにんにくを確保するためには、とにかく早い時期の植え付けが大事であると確信し、この秋には早い植え付けを実行すべく、計画を立てています。

                       

                      休眠の浅いホワイト六片が何よりも早く植え付けが必要で、当地では9月中旬が適期であると判断しました。具体的には3連休になる土曜日の9月16日になりますが、彼岸向けりんどうの最盛期であります。それで、初秋の奥羽の気候を感じてもらいながら、にんにくの植え付けの会を募って、希望者に作業を共にしていただくことを企画しています。

                       

                      野良の暮らし方について語り合いながら、地元産の食材を取り入れた特製のお昼(弁当等)をお出しして、秋の一日を過ごしていただけたらと思っております。関心がおありの方は、どうぞご一報ください。参加費は若干いただくことにしようと計画者で話し合っていますが、にんにくでのお礼等を考えています。

                       

                       

                       

                      クロタラリア

                       

                      そのにんにく圃場ですが、ふだんなら、7月の収穫後にすぐに雑草すき込みの耕耘をしているところ、今年はそれを待機しておりました。理由は、初の試みでしたが、小麦を植え生育中だった6月半ばに緑肥であるクロタラリアのタネを蒔いてみたことによります。クロタラリアは土壌センチュウを抑制したり、マメ科であることから土中に窒素を蓄えてくれる機能があるということで、指定の播種適期6月に、小麦の畝間に蒔いて、小麦収穫後(そしてにんにくの圃場になるわけですが)も引き続きある程度生育を遂げるのを待ってみたのです。

                       

                      結果は、大した背丈にはならず、緑肥として十分な効力は発揮してくれなさそうです。クロレタリアは暖地向けのものなのでしょうか。気温が上がってから播種するとのことで、それを8月にはもうすき込みするというのは、作型として無理があったようでした。

                       

                      土作り・センチュウ対策を考えると、7月の小麦収穫後すぐに粗起こしして水を張り代かきをして、お盆まで1か月弱掛け流し湛水し、お盆に落水して土の乾燥を進め、9月最初に耕耘して畝を作る、という計画が、ぎりぎりの行程ですが効果がありそうに思っています(水はけが良い圃場なので可能なことです)。

                       

                       

                       

                      粘菌展

                       

                      さて、お盆の終了とともに小学校は2学期ですが、2学期が始まって最初の土曜日に、お盆りんどうも終わったことで遅ればせながら夏休みを取りました。山形県立博物館で「粘菌」の特別展示を行っていたので、出かけてきました。

                       

                      子ども向けの漫画伝記で「南方熊楠」を読ませていたので、粘菌の存在はわかっていました。展示室での撮影は禁止でしたが、熱心に見学してきました。

                       

                       

                       

                      ケサランパサラン

                       

                      こちらは、常設展示にあった「ケサランパサラン」です。展示は貴重なものですね。

                       

                       

                       

                      粘菌か

                       

                      家に帰り、翌日に粘菌探しをしているようでした。木の葉に付着したこの物体、粘菌なのではないでしょうか。粘菌についての本もすぐ1冊取り寄せて、わが家ではちょっとした粘菌ブームになっています。

                       

                      この鬱蒼とした奥羽の森には、きっといろんな粘菌が潜んでいるに違いありません。博物館の学芸員さんも、そうおっしゃっていました。

                       

                       

                       

                      ジャバ

                       

                      山形に来たということで、昼にラーメンを食べた後、教えてもらった情報で、午後からプール「ジャバ」に行って来ました。この屋外の75mの滑り台は気に入ったようで、何度も並んで遊んでいました。

                       

                      室内にも結構大きめの螺旋のスライダーがあり、この2箇所を何回も何回も、でした。

                       

                      山形は遠く、一般国道になりますし、時間はかかって疲れました。行きの車中では甲子園の盛岡大附属と愛媛との中継を聞き(12-7で勝利)、帰路では結構な雷雨にも遭遇しました。プールにいた数時間は夏らしい天候で晴れて、プール日和でした。

                       

                       

                       

                      神社

                       

                      余談ですが、娘(小2)の自由研究で、近所の神社を巡るレポートを作っていました。撮った写真のプリントは私の係で、画質を調整し、L判にサイズを合わせて加工する作業は時間も要しました。

                       

                      この辺では家ごとに神社を持っていたりしますので、裏山とかに結構こういうのがあるのです。年に1度はちゃんと神官さんを呼んで例大祭も行うのです。移住後最初の頃ですがそれに参加したこともありました。

                       

                      夏らしい天候を期待しつつ、草刈りや、草取り等に励みます。

                       

                       

                      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 季節の話題 | 07:39 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |