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奥羽の里、岩手県西和賀町内で耕す暮らしを営んでいます。日々の山村のスケッチや、農産物の販売も行っております。

奥羽の山里からの農村通信
▼新規就農のレポートです

奥羽の里へIターン移住し、住居を構え、井戸を掘って農業を開始した1996年〜2000年頃の日常を綴ったページです。

            
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4年間を過ごした松本の旅〜寒天工場エピソード3
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    常念岳松本より

     

    あと何日だと待った、寒天工場の任期満了。ついにその日が来ました。日本海経由で帰路に着くわけだし、もう帰りは松本に寄ることを決めていたので、終了後工場で最後に寝て翌朝の2月16日、茅野を発ち20号でまっすぐ松本へ向かいました。途中諏訪湖を見ました。久々の寒い冬で御神渡りができたと話題でしたが、ちょっと溶けていて、残念。。

     

    松本市内に入り、詳しくない駅より南の方では一方通行とかでやや迷ったですが、下宿のあった岡田地区に向かい、それから歩くと30分くらいになるでしょうか、当時よく訪れた小径を車で辿ってみました。

     

    しばらく進むと安曇野と北アルプスが一望できるところに着きます。よく知られている「アルプス公園」と同じようなロケーションです。一人で散歩に来たこともあったし、友だちや先生といろんな議論をしながら訪れもしました。大袈裟にいうならば「思索の山道」でした。ハイデガー流にいうと「森の杣道」という感じでしょうか。。舗装路でしたが。。いまの大学生も基本はそうかと思いますが、私たちも下宿に集まって、お好み焼き(広島風)を作って食べたり、そしていろんな議論(高尚な話から血液型の話などまで)を朝までやったものでした。近所で鶏の声が響きました。

     

    そういう過ぎ去った20歳頃の時期を振り返るような旅にもなったかもしれません。この松本の地で現在まで続く意識とか世界観とかが築かれたのですから、やはり大事にしておきたい記憶です。

     

    さてエピソード1で霧ヶ峰から見た北アルプスを掲載しましたが、上のこの写真が松本から見える北アルプスです。写真の辺りは700mを超えていると思いますが、真実の高みには達していませんね。メインは槍穂でなく常念岳が主峰に見えています。左が蝶が岳、右は大天井岳(おてんしょうだけ)です。

     

     

     

    水汲橋

     

    下宿にはお風呂がなかったので、歩いて浅間温泉に通っていました。その途中に女鳥羽川に架かる橋を渡ります。冬などは帰り道では髪の毛が凍っていましたね。

     

     

     

    女鳥羽川

     

    この橋の真ん中で、こうして上流を見下ろしながら夏にパナップを食べたことをふと思いましました。美しい時代の記憶そのものです。当時聞いた話で、かつて学生運動の頃にその風は信州大学にも押し寄せていて、教授陣も学生に追われて逃げたんだそうですが、女鳥羽川を渡って逃げたか、手前で踏みとどまったか、で、後々いろいろ人物評価が違ったとか。。。この光景で思いましました。橋を渡って逃げたか、川をジャブジャブ逃げたかはわかりませんでしたね。

     

     

     

    岡田の公園

     

    大学に通う途中のちょっとした公園も健在です。この青いベンチもそのままではないでしょうが、残っていました。大学からの帰り道にこのベンチに座って岩波文庫の「イーリアス」を読んだ記憶が蘇りました。「イーリアス」の中身はあまり覚えていないんですが。。静かな佇まいが思索的です。大学1年生。知識への欲求は大きかったですね。現在では、欲求は実際的な「情報」を求めることで止まってしまいがちですが。。

     

    写真は撮りませんでしたが、信州大学付近にも立ち寄ってみました。大学の北側に、いまでは小澤/サイトウキネンで超有名なキッセイ文化ホールがありました(私の時はありません)。聴きに来たい、が、ここまでコンサートに来る予定というのはちょっと立てられないかも。。

     

    余談ですが、できることなら、子どもたちと燕岳に登りたいと思いました。松本に来て初めて登った北アルプスで、頂上の奇岩は独特だし、盟主槍ヶ岳を好位置で望むことができます。最低2泊3日の行程で、無雪期になるのでちょっときついですかね。

     

     

     

    松本城

     

    松本城にも訪れてみました。以下は観光情報です。下宿探しの時に家族で天守閣に入った記憶がうっすらとあります。学生時代は通行したことはあっても天守閣には上がらなかったように思います。通行止の看板が見えるこの赤い橋ですが、そういえば「ザ・ベストテン」という番組があって、そこで松田聖子(確か同年齢)が全国中継でこの赤い橋の上で歌ったことがありました。確か自転車で見に行ったような記憶が。。すごい人だかりだったような。

     

     

     

    青翰堂

     

    松本城から大きい通りを駅方面へ向かう途中にある古本屋さんの「青翰堂」。グーグルマップでこの辺を検索したことがあり、健在なのはわかっていました。古本を買っていきました。

     

     

     

    縄手通り

     

    「縄手通り」もリニューアルされた感じで残ってました。ただ入口の角に建っていた大きなビルの本屋さんはなくなっていました。ここの花屋さん(左手前の店でしたか)で「エンゼルランプ」という鉢花を買って、それを眺めながら下宿でチェンバロの「フランス組曲」(バッハ)を聴いた記憶が蘇ります。

     

    また、この通りに当時は小さい映画館があって(本当に小さいです)、リバイバルのみの上映をしていました。「ラ・ブーム」を観た記憶が。。でも映画館は見つけられませんでした。

     

     

     

    シンフォニア外観

     

    記憶を辿りつつ、一度だけ行ったことがある喫茶店「シンフォニア」を探ししばらく歩いて、ついに発見! 入ってみました。

     

     

     

    シンフォニア室内

     

    学生時代に人文学部の友人と入ってみると、授業を受けていたドイツ語の先生がいて、確かメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」か何かが流れていたような。。いまはご主人も高齢で耳が良くなくて、当時のレコード類はほとんど人にあげてしまったそうです。テレビで男子フィギアの予選をやっていました。

     

    寒天工場の2か月間、全く音楽を聴くことができませんでした。それでブルックナーの4番をCDで見つけ、かけてもらいました。2か月ぶりのブルックナーです。

     

    山の写真がかかっていて、また寒天工場本編の記事で触れた槍ヶ岳山荘の穂刈氏の本もありました。オーナーの穂刈家4代の番組(長野県内のみの放送)の話も交わし、新刊の出版パーティーに出席したのだと伺いました。山が好きなご夫婦のようで、いっとき山の話をして、店を出ました。もう再び訪れることはない気がします。。

     

    その夜は松本駅前に泊まり、翌日は山形での研修会に向かいました。

     

    ちなみに、昼ごはんは「源太」の山賊焼き定食を食べて来ました。夜は浅間温泉の「萬山園」に行き萬山麺を食べる計画でしたが、午前に店の前を通った時に「しばらく休みます」の紙が貼ってあり、断念。駅前で第2候補の「スパゲティのヤマナミ」を探しましたが、かなり本気で歩いて探したのですが見つかりませんでした。家に戻って検索してみると、駅前の喫茶「アベ」の近くに引っ越していたようでした。スマホがあれば解決したでしょうに。。学生たちによく知られていた「かのう」(1度だけ入りました)も頭をよぎったのですが、記憶がぼんやりとしすぎ、これも断念。。

     

    ちなみに、駅前の「アベ」も何度か訪れていて、「モカパフェ」と「ブルーベリーパフェ」がゴージャスで人気でした。モカパフェのみ、入口のショーケースに残っていました。680円になっていました(当時は450円くらいだったか)。

     

    翌朝はホテルの朝食バイキングでした。かなり良かったですね。松本駅でそばを食べようかと思っていましたが、見つかりませんでした。飯田屋ホテルのそばコーナーも立ち寄ってみましたが、朝の開店時間が遅く、断念。結局この2か月そばは1食も食べませんでした(72日間の連続弁当生活でしたので)。かつてセルヴァン?とかいった駅に並ぶショッピング街も一変していましたね。前より賑わいに欠けている雰囲気がしました。駅前のイトーヨーカドーもありませんでした(井上はありました)。

     

     

     

    高橋博之氏

     

    そんなわけで、翌日17日は研修会ということでお昼過ぎに山形県小国町に到着し、「食べる通信」高橋博之さんの公演を聞きました。結構な雪で、建物の入り口を見つけるのに苦労しました。小国も西和賀以上に豪雪地帯として知られたところ。ここで久しぶりに覚えた顔と再会です。遅く入って最前列に誘導され、そこから写真を撮ってみたので大きく写っていますが、有名人なので許してもらえるでしょう。高橋氏の農業や農家に対する思いは共感するところが多いです。経済的な面から一歩踏み込んだ内面的な充足感とか、あるいは死生観につながるような面も「農」の根底にあるわけですが、こうした抽象的で伝えづらい領域もわかりやすい言葉で表現してくれる人だなと思っています。値段と機能というモノの面だけでない奥深いつながりを生産者(漁師とかも含みます)と消費者の間に構築していくことが、彼のライフワークになります。

     

    関心がおありの方は「食べる通信」で検索してみてください。

     

    夜は懇親会。。テーブルについて酒を飲む懇親会というのも2か月以上ぶりのことでした。ちなみに、寒天工場では住み込み部屋を閉鎖する時に盛大に打ち上げ会をやり、その後は近隣の通勤者のみで終了まで続けるそうです。

     

     

     

    独立学園

     

    小国の2日目です。小国町にある基督教独立学園高等学校を訪れました(内村鑑三が設立)。日曜日ですので、朝の礼拝に参加して来ました。そのあとに、教頭先生から学校の歴史や方針などについて話していただきました。

     

    学生は携帯も持たず、テレビも見ない生活だそうです。キリスト教徒であることは必須ではないそうですが、キリスト教や学校の方針に理解を持つことが前提になり、親も一緒に何度も面接をして入学を決めるそうです。「戦う」ことにつながるという考え方からスポーツ活動は取り入れず、部活では野菜や家畜の世話をする活動をするようです。もちろん食事に使われます。

     

     

     

    独立学園畜舎

     

    基本的に試験というものはないそうで、人間教育が基本になりますので、進学を目指す方向きではないかもしれません。しかし卒業生の話を聞いてみると、ここでの3年間の記憶はやはり根強くずっと残り続けていると。いま自分の高校時代を振り返って、ここまで強烈に自分の一部になっているかと聞かれれば、そうではない。独立学園では、勉学という範疇を超えて一生の生きていく頑丈な基礎が修得されているのだと感じました。

     

    1学年が25人という定員で全寮制。進学校ではないのだけれど、大学の方から、このような教育を授かった学生を欲しいと逆に言われるそうで、たった25人なんですけどね、というような話もあったりして、時代のかなり先端にいる場所だと私には感じられました。

     

     

     

    小国でのランチ会

     

    最後にランチを挟んで参加者と懇談。西和賀の顔も見えます。考えさせられる研修会を終え、3時前に出発し、ここからは高速もなく、13号から秋田県経由で午後9時頃に家に到着しました。2か月半ぶりでした。

     

    さて、既に日常が戻っていますが、やっぱり疲れているのだと思います。朝4時半には起きれないし、部屋でゆっくり検索や事務(申告やネット販売の事務等)をし、備忘を兼ねてのブログ記事の書き起こしなどを進めながら、タラノメの設備改良や駒木の切断と伏せ込みの作業に取り組んでいます。

     

    にんにくも在庫わずかとなってきました。青果品を取り崩して黒にんにくへと仕込んでいく作業も残ります。

     

    雪は非常に多く、本当に春が来るのか? 不安な気持ちの昨今です。

     

    山ぶどうを這わせたパイプが潰されてしまって、この片づけも雪解け後の余計な作業に加わりました。ただかえって露地としてジャガイモ等のスペースができるので、手のかけられなかった山ぶどうを断念する踏ん切りがつきました。

     

     

     

    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |









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