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奥羽の山里農村いちば
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奥羽の里、岩手県西和賀町内で耕す暮らしを営んでいます。日々の山村のスケッチや、農産物の販売も行っております。

奥羽の山里からの農村通信
▼新規就農のレポートです

奥羽の里へIターン移住し、住居を構え、井戸を掘って農業を開始した1996年〜2000年頃の日常を綴ったページです。

            
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新年のスタートはテングサとともに
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    長野県茅野市から、明けましておめでとうございます。11月26日から36日作業し、37日目の今日が折り返し後半戦のスタート日となりました。あと35日テングサ洗浄の仕事を勤め上げ、岩手に戻りたいと思います。


    朝5時から始めていますが、ちょうど早朝の2時間半が終わる頃、八ヶ岳から初日の出が昇って来ました。





    雪国西和賀ではまず見たことはありません。偶然晴れていた元旦があったとしても、部屋にいれば日の出の瞬間を目にすることは難しいですね。ここでは半分外での仕事でその最中だし、その瞬間を捉えることができました。


    電柱のそばに見えるのは八ヶ岳の西岳だそうです。ちょうど林が邪魔をして、仕事場から全貌は見えないんですね。


    初日の出は数分間おひさまの輪郭が肉眼で見えました。


    どうか今年もおひさまの力で米やにんにくに恩恵がありますように。




    寒天のお店の方が、諏訪大社に初詣後、このような飾りを作業場にかけて行きました。あまり見たことのない形です。




    テングサ洗浄の施設すぐそばの庭で、正月から作業が続けられています。広げていた寒天の乗ったかいりょうを積んでいるようです。


    今朝は−8度でした。洗ったテングサは瞬く間に凍りバスケットにくっついてしまい、とても作業性が悪いです。


    しかも洗った草を水に浸ける水槽が立ち並ぶ場所での作業ですが、その水槽と水槽の間の歩くスペースが凍って、滑ります。


    まあこれくらい冷える日が寒天の品質には良いわけですが。


    農業からはまだまだほど遠い厳寒期です。ただ、いまのテングサ作業というのは、農業に近いものがあり、休みなく働き続けることができているのも、農作業の延長線にある何らかの親和性が感じられる仕事だからなんでしょう。


    始まれば、終わる。


    1日1日が淡々と過ぎ行きます。焦って手を早めたりしないことで、心の平安(アタラクシア)が肝要です。あ、いつの間にか今日も終わったな、という感じで時間が過ぎることですね。そうすれば、すぐに2月が来るでしょう。


    むしろ戻ってからのたらの芽の仕事の方がいろいろ大変です。生鮮品だし、ちゃんと無事栽培ができて、それを無駄にすることなく売り切っていけるのか、いまの単純なテングサ洗浄の日々をむしろ懐かしく思い起こすかもしれませんね。


    今年も災害や異常気象なく、そこそこに良い収穫が得られますよう願ってやみません。今年も宜しくお願いいたします。



    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 17:50 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    クリスマスもあまり関係なく
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      最初に寒天工場から庭へ出た寒天が、乾燥ハウスに入りました。ここでしばらく乾燥させれば完成です。


      最初からハウスに入れておけば楽だろうと思いますが、やはり直接外気に当てて、凍ったり溶けたりを経て寒天になるんだそうですね。「す」という何か蔓を編んで作った台座の上に広げています。




      これは広げている段階です。「かいりょう」という木の枠の上にすだれ、新聞紙、白い寒冷紗にようなネット、の上に乗っています。これを上に11段積んだり、また広げたりを繰り返して寒天になっていきます。




      広げる時も、積む時も2人で向かい合って作業します。結構重いです。右下の側は地面に着いているので、こちら側に立って作業する人はカギと呼ばれる鉄の器具で1か所を引っ掛けて持ち上げます。反対側に立つ人は両手で持ち上げます。




      「押し出し」という、煮上がった寒天の生汁を運搬車で庭まで運ぶ作業をしています。トロンとしたトコロテンを天切りといって特注の刃物で刻んだものが青いケースに入っていて、これを庭に運んで、みんなで「天出し」を、すなわち「かいりょう」の上に木枠を載せて、ゴム手でつかんで入れるという作業に移ります。枠を取れば上の方の写真のように並びます。




      さて、去年来た時に、1日だけ休みがありまして、その時に諏訪にあるオルゴールの店で一番下の娘にオルゴールを買いました。が、何かで故障してしまって、そして今回このお店に持ち込んで修理してもらいました。娘は落としてはいないと言っておりましてが、お店の技術者によれば、やはり落下して壊れてしまったとのことでした。オルゴール装置自体の交換で650円で治りました。せっかく来たので、このオルゴールの上に乗せるという回転する飾りを購入し、ゴージャスになりました。飾りでサイズも大きくなって、落としにくくなったとも思います。


      もう落とさないでねと言われて店を出ました。




      テレビで「ボヘミアンラプソディー」について取り上げられていた番組を見まして、昔懐かしいクイーンの音楽に浸りたくなって岡谷市にあるスカラ座へ行って来ました。


      長野県の道路は結構混むんですよね。岩手よりも人口が多いというか密集もしているんでしょう。茅野から30分以上かかりました。




      クイーンはやはり音楽が素晴らしいし、メンバーもそれぞれ魅力的です。静かにピアノとともに始まって、強烈なフォルテシモに至る。ドラマティックです。美しい旋律が次々と繰り広げられますよね。ブライアンのギターも最高ですよね。


      中学から高校にかけて、期間としては3年間くらいでしたか。友人とカセットとかでやり取りしたり。


      ボヘミアン・ラプソディーも何度も聞きました。なぜガリレオやフィガロなのかわかりませんでしたが、全然6分間という長さを感じさせません。ラプソディー(狂詩曲)とは、いろんな曲想が寄せ集められた楽曲のことで、滑稽な部分とかも含まれるのは、リストのハンガリー狂詩曲でも同じですね。ラプソディーインブルーも「ファンタジア」を通して子どもたちにも馴染みとなっています。これもいろんな楽想の寄せ集めですね。


      Nothing is real matterとか言ってたと思いますが、matterは質料、物質で、それらは無であると。色即是空のような、形あると見えるものは実は空であると言っているのか、などと当時考えたものでした。いやto meと付け足しているので、主観的な観念論のようなことか、とか。


      曲の最後にタムタムにような音が静かに響きます。これは当時からタムタムだろうと思っていましたが、いやそこまではやらないだろう、ドラムスのシンバルでそれっぽく響かせているのだろうとも疑っていました。が、映画を観て、ロジャーがタムタムを叩いていました。さすがです。ここはタムタムでなければならぬ、とちゃんと用意したんですね。


      おそらく、この曲で私はタムタムが好きになりました。その後高校2年の後半くらいからクラシックしか聴かなくなりました。


      マーラーの曲にはタムタムが多用されますが、深く重い世界観を描写する楽器として聴き入ってしまう楽器です。


      明日も、明後日も正月も、朝5時から始め午後4時前まで、テングサの作業は続きます。

      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 17:47 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
      冬の別なる暮らし経過中です
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        長野県茅野市で寒天作りに従事しています。スマホ持参のため注文を受けることもでき、今回は中学生の娘が米等の出荷に携わってくれています。


        単身赴任にはもちろんマイナス面も大きいのですが、昨今、冬だけの短期の仕事を探すことは大変困難であり、また2月初めからは、たらの芽作業も入ってくることから、70日間といった条件に応じてもらえていることは大変ありがたいことです。


        農作業シーズン中はもっぱら一人で田畑に閉じこもってという環境でもありますから、別の環境で脳に刺激を与えることはプラスの効果もあることでしょう。土地が変わり、仕事場のメンバーも新鮮であります。この地でいろいろ得て戻りたいものと思っています。




        こちらでの仕事は寒天作りではあるのですが、私自身は、テングサを洗浄するという特殊な業務になり、テングサを煮る釜の仕事とも、茹で上がった煮汁のところてん状態を外に並べ角寒天を仕上げていく庭の作業とも異なって、水舎といわれる一人のみの役割になります。一人という点では夏場と同じなんですが。。


        乾燥した状態で搬入されるテングサを一晩水に漬けた後に、2台の洗浄機で洗浄します。1日に500kg弱の乾燥テングサを処理しますので、かかりきりの専従作業者が必要です。


        去年も紹介しましたが、濡れた草の入った重いコンテナを引きずり回す重労働です。




        茅野は八ケ岳の麓ですが、全貌がここから直接見渡せないのは残念です。


        今年は早めに赴任したので、テングサ作業に入る前段階の庭仕事の準備もやりました。田に稲わらをビッシリ敷き詰めて、ハセ掛けに使う杉の棒で台を作り、その上に板の台座を設置して寒天が乗ります。運搬車が通行するスペースにはトバイタといって板を何百枚も敷き詰めてロープで結んでいきました。秋にこさえ、春には撤去ですが、時間をかけて念入りに準備するものだなと思いました。


        物にはいろいろ名前が付いていて、よく覚えてはいません。


        それにしても、稲刈りの終わった田なのに轍に水がたまっているような場所が皆無であったのには驚きでした。このように降水量が少ない土地柄だから寒天もできるのでしょう。もちろん田じゃない畑跡地もありました。


        10日前からテングサ煮込みがスタートしていますので、現在はもう庭へは出ず草作業に専念しております。


        朝5時前には作業を始め、夕方4時前には終了します。お風呂に入って、給食センター支給の弁当を食べ、ゆっくりくつろいで9時には就寝します。飲み会も用事も集まりもないので、気分的には大変楽です。夕ご飯も早く、ご飯もしっかり出るため、お酒は全く飲んでおりません。


        先日、近所のスーパー(デリシアといって昔の松電ストアだそうです)で赤ワインの1升瓶を買ってきました(1,800円)。5、6回に分けて飲んで空になったら帰り時でしょう。


        何にせよ通勤がないのは、時間的にも燃料代からも助かりますね。


        休日はありませんので、とにかく焦らず、暮らすように日々働いて過ごすという感じでしょうか。黙々と目の前の工程の中に没入しています。




        夕方、近所の縄文博物館に行ってきましたので、縄文土器を紹介します。美しいですよね。ヘビ柄だそうです。




        土偶もありました。表情が個性豊かですよね。土偶というのは壊れた状態でよく見つかるようですが、わざと壊したのかもしれないそうで、安産とかを祈って祭りとか儀式に使われていたんだそうですね。


        土偶については機会があったらまた紹介します。


        茅野といえば、八ケ岳登山と、大学1年の夏休みの蓼科グランドホテル滝の湯でのアルバイトの思い出が詰まった土地でした。ただ茅野市内には来ていないんですが。。


        お出かけにはまだカーナビが必需品です。


        posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 17:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        晩秋の「魚の番屋」探訪
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          ちょうど一週間前になりますが、前からずっと気になってるいた岩手県野田村にある「魚の番屋」に行って来ました。


          地元局IBC岩手放送の釣りの番組で紹介され知っていたのですが、ある漁師の方が長年木彫りの魚の創作をされていて、素晴らしい芸術作品であると報じられていました。そのラジオで入館チケットのプレゼントを募集していて、応募したところ当選したという次第です(もちろん入館料を払ってでも訪れたでしょう)。


          11月も下旬となり、外の仕事も大体片付きました。冬の仕事が始まる前の束の間の休日です。


          「番屋」の場所はHPで見ても実に分かりにくい場所で、実際迷いました。この展示館、割合最近にできたようで、車のナビには入っておらず、最近購入したスマホのグーグルマップを併用して進みましたが、ナビとスマホが交差点で正反対の指示を出したりして最後は苦笑しながらの運行です。


          中での撮影は禁止だったので、その素晴らしい作品群を紹介することはできませんが、迫力ある彫琢の魚群を存分に堪能してきました。




          その後は、ちょっと大回りになりましたが、一戸町に向かい、「御所野縄文公園」へ寄りました。にわか縄文ファンというわけでもないですが、9月最初に東京上野で見た「縄文展」があまりに素晴らしく、その時にあった「鼻曲がり土面」がここ岩手県の一戸の所蔵とのことで、子どもたちにも見せてやろうと決めていました。残念ながら展示はレプリカで、本物は上野の後にいまはフランスに行っているそうでした。そのことは前もってわかっていたのですが、この日しかもうないだろうと思い、番屋と合わせてドライブに行ってきました。


          さて、写真は手元にないのですが、最後の秋仕事であるたらの木の伐採と搬送、そして束ねて小屋に収納する一連の作業を終えました。たらの木はこれから2か月間休眠し、そして芽吹き作業は2月からスタートする計画です。





          現在は、去年と同様に長野県茅野市に出向いていて、寒天作りのために庭の準備作業を進めています。去年より10日早く来ていまして、その分終了も10日早めてたらの芽に繋げたいと思います。


          今年はスマートフォンとともに赴任しているので、メールはすべて送受信できますし、お米の注文につきましては中学生の娘に梱包出荷作業をしてもらう段取りになっています。少しずつ農作業に関わるようになってくれて、頼もしく思っています。


          にんにくについてはまずは在庫分を黒にんにくに回しますので、青果の方は販売を終了しましたが、黒にんにくは出荷対応させていただきます。お米と同様に変わらぬご利用をどうぞ宜しくお願い申し上げます。


          寒天作り工程については、また折に触れお届けいたします。



          posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 19:15 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          お盆りんどうが終わります〜1日のお盆休み
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            さわ風2018

             

            全国的に猛暑となった2018年の夏。われわれにとっては年間で一番の山場であるりんどうのお盆出荷の時期となり、連日、残業出荷の日々が続きました。時に、関西で40度の時にこちらでは20度といった涼しいを通り過ぎたような日もありましたが、大体が28〜29度で数日31度がありました。

             

            お盆出荷とは8/1〜8/10の10日間になりますが、7月下旬から高温少雨が続き、高温による開花抑制が予想されたので、当園では潅水を連日続けて、なんとか少しでも需要期に合わせて開花を促進させるとともに、高温による花の日焼け障害等の防御という意味で圃場の地温を潅水により下げられればという対策を続けました。もっとも日差しの強さは水によっては防げませんが。。

             

            もともと一人での出荷というのは1日せいぜい10箱(2,000本)程度しかできませんが、その高温の影響でしょう、ダラダラと少しずつの開花という感じになって、一人作業でちょうど良いかという咲き具合が続きました。ただ、ダラダラ開花のために、結局毎日広範囲の同じ面積を歩いての採花となり、これまでのようにお盆出荷区画を3等分とかに分けて、3日間隔で収穫に入るというようにはいかず、毎日いっぱい歩いたロスが多かったお盆でした。

             

            全国的に、ここよりももっと暑くなった地方でもりんどう産地はあると思いますが、高温による悪影響はなかったのでしょうか。35度になるような地域ではりんどうは栽培できないと思うのですが。。

             

            まず現在はお盆の青が終わり(今日採って終了にします)、白の出荷を続けます。これからはお盆の反動で安値になります。が、もし市場での出荷量が大量とならなければ、そこそこの安値で推移してくれるのですが、今週の動向はどうでしょうか。。

             

             

             

            にんにく乾燥2018

             

            さて、高温好天傾向は、にんにくの乾燥には大助かりでした。今年シルバーよりもっと遮光の強いダイオシートでハウスを覆ってみたことは、猛暑の夏として正解でした。外気が30度の時のハウス内は27度くらいでしたね。コンテナに入れているのは種にする分と未整理の出荷用にんにくです。根は全部切りました。現在入っている注文に応じるために、お盆りんどうと彼岸りんどうの出荷期の合間に皮むき作業を続けたいと思います。そろそろ乾燥も終了したと思います。

             

            気持ち良い風も結構入ってきてくれて、扇風機はほとんど回しませんでした。

             

             

             

            本荘海水浴場

             

            さて、お盆出荷に一区切りついた昨日、下の2人を連れて秋田の海へ出かけてきました。本荘マリーナ海水浴場です。海水浴場は8月15日までだし、これまではりんどうがあったり、また息子は部活の野球があって、結局お盆しか出かけられませんでした。

             

            下の娘と久慈の海に出かけた7月下旬はたまたま涼しい傾向で、泳ぐにはちょっと寒い感じでした。もう一度暑い時に、ということで暑い折に海に来れてよかったです。もうすぐに涼しくなってしまいますから。。

             

             

            鳥海山西目より

             

            1時頃に海水浴を終え、ちょっと遅い昼ご飯を食べた後、息子が道の駅で友達に買い物をしたいというので、急遽西目の道の駅へ向かいました。途中、午前中は姿を見せなかった鳥海山がその威容を表してくれました。

             

            土産の傾向ですが、秋田では、まずナンバーワンが「秋田犬」のキーホルダー系やお菓子類でした。ダントツで、ほとんど秋田犬しかないような感じでしたね。

             

             

            ババヘラ西目

             

            道の駅西目の近くで買ったババヘラアイス(200円)。

             

             

             

            西目漁港

             

            さて、午後は釣りの予定をしていまして、本当は海水浴をした本荘マリーナの堤防で釣る計画だったのですが、先に買い物に道の駅へということで(道の駅は早く閉まってしまいますので)、西目の方へ向かったことで、釣りも西目の漁港で行うことにしました。釣り餌を買った釣具店の情報では、マリーナよりも西目漁港が良いとの感じで、結果的に良かったかもしれません。

             

             

             

            シロギスゲット

             

            シロギスが釣れました。今日の昼に天ぷらになりました。

             

             

             

            ハゼ

             

            こちらはハゼ。子どもの頃広島の川で、3人で100匹、4人で100匹とバカ釣りしたものでしたが、何十年かぶりに出会いました。

             

             

             

            海タナゴ?

             

            こちらですが、何でしょうか。海タナゴ? 写真では大きく見えますが、10cmくらいの放流サイズです。。どことなく真鯛にも見えなくもないですが、目がちょっと違いますね。子どもの頃瀬戸内海では結構真鯛が釣れたものでしたが。

             

            そんなわけで午後3時過ぎから6時まで釣って、久々の街場でもあり買い物を少しして、温泉(「ぱいんすぱ新山」〜料金も手頃で良い温泉です)に入って、8時になったので夕食も由利本荘で食べてから家路に着きました。到着は23時ちょうどでした。お盆出荷の疲れを引きずっての強行の旅でしたが、帰りの眠気は用意していたコーヒーだけでは抑えられず、コーラを買って乗り切りました。コーラは眠気覚ましに結構効くみたいです。

             

            そういうわけでお盆休みも終わり、今日はまたりんどう採りです。早くお盆品種にケリをつけて、たまった別の作業にも着手したいところです。

            posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 12:31 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
            ハイデガーのこと
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              種まき2018

               

              ここ数日寒気が続いて寒いが続き、もっぱらたらの芽の作業に従事しつつ、まずは水稲籾蒔きまで進めることができました。先週も積雪があったり風が強かったりで、ビニール掛けしようにも、なかなか仕事をさせてくれませんでした。当園はプールに並べての平置き出芽になるので、やはり早めの播種を心がけています。いつ蒔いても、必ず寒気には当たるので、暖かくなるのをのんびり待ってからということはしませんね。慣行では種まき後、密閉した出芽器に入れて2日間で芽出しをさせる方法が取られ、カビ防止に農薬も使われるわけですが、無農薬の平置き法では出芽に7〜10日もかかり、日々の温度確保に一番気の抜けない期間になっています。

               

               

              花巻酵素

               

              育苗培土は今年も「花巻酵素」製の土を使いました。花巻まで取りに行くのも慣習になっており、今年は子どもたちの要望でその際に北上市で「ジュマンジ」を観てきました。面白かったです。そしてアマゾンで旧作があることを知り(ロビン・ウィリアムズ主演)、後日パソコンで観ましたが、これも良かったですね。最近、急ぎの注文がしたくてアマゾンのプライムという会員になりましたが、特典として多くの映画等が無料で視聴できることを知り、結構活用しています。

               

              ちなみに、個人的に「深夜食堂」にハマっています。。なぜでしょうね。全体の醸し出す雰囲気が良いんですね。1作目の映画を観て、いまはテレビ放送版(1話30分)を昼休みに見るのが楽しみになっています。

               

               

               

              水稲プール

               

              さて、あまり写したことがなかったですが、水稲プールはこのようにしています。5〜6cmの太さの垂木を2段に重ねて枠を作り、ブルーシートを新旧2枚重ねて敷き、その上に19mmパイプを並べます。苗箱1枚が2本のパイプの上に乗ります。横に6枚並べますが、中央に30cmくらいの歩けるスペースを作っています。向こうに20枚置けますが、余裕を持ち19枚にしていて、今年は全部で112枚蒔きました。ひとめ2反歩、いわてっこ2反5畝です。坪60株の設定で田植えしており、1反歩当たりで20枚ちょっとの枚数になり、かつ薄まきであることから、種や土の量は節約している勘定になります。

               

              こういう寒冷地では分けつが少ないので、みんな厚まきにして密植にしますが、当園は薄まき、間隔広めの田植えを続けています。そもそも薄まきにしないと大きい苗になりませんし、大きい苗を1株あたり少ない本数で、かつ間隔を開けて田植えすることが、草対策も含めて有機栽培の基本だと思います。もちろん風通しを良くし、いもち病を防ぐことも狙いです。

               

              パイプを下に敷く理由ですが、これにより、田植え直前の完全落水が容易で、また完全な均平が取れていなくて苗箱の高さがいつも不揃いになるものですが、低い苗箱のパイプの下に小石を詰めることで苗箱の高さを、なだらかに上に持ち上げ揃えることができます。

               

               

               

              スポンジケーキ焼き

               

              さて、先週は末娘の誕生日がありまして、蛯名鉄工製オーブン付きストーブで久々にスポンジケーキを焼きました。まだ雪もあり農繁期でないいまだからこそできることですね。薪ですが、通常の薪だけでなく、たらの芽で使った廃木も燃やしています。小さいので、生木でも燃えやすいです。処分にも困りませんね。

               

               

               

              バタークリーム

               

              そして「バタークリーム」を作ります。以前にも書いていますが、昔は生クリームよりもバタークリームの方が市販ケーキでは主流だった気がします。いまはお店でも売っていなくて、作るのが一番です。卵の白身を撹拌器で撹拌し、それに砂糖と無塩のバター(うちは節約してケーキ用マーガリン)を混ぜて出来上がりです。クックパッドを見て作ります。バニラエッセンスを少量かけて、風味を出します。普通の生クリームならいつでも食べることができるので、特別な日の感がありますね。

               

              さて、雪はあと1週間で消えるかという感じで、結局連休近くの頃となってしまうんですね。やっぱり。。11月19日に仙台へサーカスに出かけた日から根雪になっていて、そろそろまる5か月を経過します。こちらでは冬は長く、春は5,6月、夏は7,8月、秋が9,10月で11〜4月が冬という感じでしょうか。少なくとも暖房は完全に6か月は使用しますし、5月6月でも暖房の欲しくなる寒い雨の日はあります。「温暖化」など全然体感できないここ奥羽の里ですが、まあ焦らずに雪解けを待つしかなく、でもりんどう畑など、早く草取りがしたい! いましたい! というのが本音です(切り花りんどうの作業は県内の各地よりも50日遅れての作業開始になります。雑草が取り切れないことにご理解をいただいきたいです。。)。

               

              そうした残雪期ですが、たらの芽の作業があるだけ、当園はまだ仕事に恵まれていることになりましょうか。駒木をすべて切り終えた現在では、収穫と出荷準備、および収穫して空いたスペースに次の駒木を置いていく作業になります。まだまだ素材の木は豊富で、サイトからのご注文にもお応えさせていただきます。連休中には終わりますので、これからは終盤ラストスパートといった時期です。

               

              とはいえ、たらの芽だけでは時間に余裕はあって、子どもたち関連のお出かけも含め「いまのうちにできること」を探しつつ、過ごしております。

               

              農作業と別にやるべきことといっても、何か別の作業対象に目を写して取り組もうということだけではなく、自分の生き方暮らし方の点検をしてみることも必要かと思います。こういう作業もやらないと、何の目的でどういう農業をやりたいのかも見えなくなってしまうかもしれません。夜には読書もしますが、そのうち農繁期になると疲れてやめてしまうことでしょう。いろんな意味で、「やるべきこと」を探し出して、それなりの形を示しておきたいものです。

               

              大学時代の長野県で2か月滞在した報告をしましたが、松本で暮らした20歳の頃からハイデガーの哲学に不思議な魅力を感じていました。いわゆる「哲学史」に出てくるどんな哲学者とも違う異質な哲人です。1980年代当時、いわゆる「実存哲学」は勢いがなく、学科内の雰囲気としては、やはり「学」として論述できるものが志向されていたと思います。もっとも、ハイデガーはいわゆる実存哲学ではない気もするし、そもそも実存哲学自体が正しく捉えれていなくてしかも軽視されていた時代ではなかったかと思います。

               

              そういう背景を身に感じながら、ハイデガーに感じた魅力に匹敵するインスピレーションを受けたのが、大学3年生の後半になって読んだヘーゲル「精神現象学の」序文や緒論でした。いわゆる学説としてのヘーゲルの体系内容そのものよりも、認識や経験の構造について生き生きとした言葉で書き進められた前置きの文章(これだけでも80ページくらいにはなるのですが)に惹かれ、4年生になり卒論の対象に選びました。ハイデガーでは書けそうにないということもありましたが。。その卒論の中でもハイデガーによる「ヘーゲルの "経験" 概念」という論文は重要な文献になりました。そもそも「経験」Erfahrungとは何か、のハイデガーの省察は深いです。

               

              学者ではなく農家として暮らしているいま、ヘーゲルよりも、ハイデガーの方が気にかかります。「自分が自分であると感じ自覚していることの不思議感」とか、「世界とはわからないことだらけで、根本はどんな構造になっていると考えたら良いのか」、あるいは「日常、具体的な物事に関わりつつ生きているが、個々それぞれの具体的な物事の背景にある何かとは何か」。。。そういった直視しようとしても対象化できず、その都度背景に退きながら、もやもやと「それは何か」と問うてしまうもの。。ハイデガーのいう「存在」とはそういう感じなのではないかと思っています。対象としてフォーカスし認識がなされないものは語り得ないし、直視もされず、それは思考・思索によってしか接することはできないと思います。思考といっても近代の学問が求めたような主観性とか、カテゴリーとかの認識の仕組みというものとは違い、いわば「悟り」のような思考になる、そのような意味では直覚とでもいうような仕方で体得すべき本性かもしれません。

               

              そういうものなどない、仮にあっても意味がない、と言ってしまえばそれまでで、不要な考えとして一蹴されるものでもありそうですが。。

               

              そんな感覚にずっと囚われていた気がしますので、ハイデガーに親近感を覚え、私の出発点というのはいつもそこです。そして都会生活の中では、意識の向かう対象や情報・記号といったものがが多くて、個々の存在者に埋没してしまいそうになります。一方、山の中とか、こういう農的暮らしの中では「世界」や「自然」に包まれていて、もくもくと一人作業をしている間、ずっと頭の中にあった「謎」、「世界とか私といった現象」「対象化して捉えようとすると背景に退いてしまう何ものか」を無言で問い続けることができる気がします。農村へ惹かれ移住した動機として、ハイデガーのいわゆる「故郷喪失性」"Heimatlosigkeit"についてのイメージが大きかったと思います。もっとも彼の言う「故郷」は「ふるさと」のような故郷では全然ないのですが。故郷は存在する対象ではなく、対象の地盤でわれわれにそっと何かを語りかけるものと思います。直視はできませんね。

               

              農家として、商品化とか、消費者とのつながり、や伝統的な農村的文化の共有とか、大事な取り組むべきことは多いですから、こんな抽象的なことに囚われていても、生産者からも消費者からも理解を得られることもないでしょう。先達に比べ、当園ではこれといって具体的に特別な、人のやっていないことを何かできているわけではありませんし、現実の農家としてヘーゲルやハイデガーに関心を向けている余裕はないといえばその通りでしょう。。

               

              いずれ、上に述べた個人的関心事や、ハイデガーから感じ取られる「世界があるというのは一体どういうことなのか」を語ろうとするそのことは、すぐに社会や人々と共有できるツールのようなものではありません。ハイデガーのいう「技術とは何か」といったテーマはそれだけ取り出せば、現代社会に対し何かメッセージを伝えることはできるかもしれません。しかしハイデガーの真意は現代社会への批判といったことではなくて、やはり視線を向ける都度、背景へ背景へと隠されてしまう「何者か」に向いている気がします。晩年には「最後の神」とかいった表現もあったそうです。だからそれは具体的内容を持ち説明される「学説」なのでは決してなく、「道」であるとか、「指標」であるとか、そういう語られ方もするでしょうし、ヴィトゲンシュタインのような感性を持った人にとっては、語られないもの、示されるもの(SagenではなくZeigenされるもの)として感じ取られているものでしょうか。

               

              現実の社会で暮らしていくことの不安(経済不安・戦争の不安、等々の存在者の不安)といった切実な関心事に加えて、この「捉えがたい何か」がわからないでいることの不安(存在不安)がいつも静かに押し寄せます。いわゆる哲学の目標とは、単純に幸福とか救いを見出すということではないと思います。この存在不安を解消したいということが動機になり、この語り得ない「それ」は何だ、と対象化し得ない背景を言い当てようとする試みではないでしょうか。コツコツと「個々の存在するもの」(作物や土やいろんな資材など)に関わりつつも(存在者への頽落)、背景・土台の領域(対象化できる存在者と並ぶような別の1つの存在するものではなく)について、漠然とではあれ追い求めて暮らしていくこと、そんな風でありたいと思います。ハイデガーの文章は難解ですが、字づらに迷わされず、言わんとすることを想像することが大切ですね。無数に出ている解説書に手を出すよりも、ハイデガー自身の文章に翻訳でも良いので接して、「言わんとすること」を想像することが大切に思います。

               

              平凡社の「世界の思想家」というシリーズが昔からあり、いまは絶版と思いますが、これは思想家そのものの全著作から選ばれた重要文章(と編者が感じたもの)を寄せ集めたアンソロジーです。ハイデガーの巻もあり、個々の著作に挑むよりも、全体の概観をするには格好の1冊と思い、これもまたアマゾンで入手しました。翻訳でも良いでしょう。思想家の生の文章に触れた方が良いと思います。ただこの平凡社の本は発行が古く、前期の主著『存在と時間』に焦点が当てられていて、まだハイデガーの生涯を通じた全体像が見えていなかった時期のアンソロジーです。時代も進んで、全貌がいまは公刊されています。この時代に新たなアンソロジーでハイデガーの美文に触れたいですね。1冊1冊に深く立ち入っている余裕はなかなかないので、できればコンパクトな形で出版されないでしょうか。。。

               

               

              posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              4年間を過ごした松本の旅〜寒天工場エピソード3
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                常念岳松本より

                 

                あと何日だと待った、寒天工場の任期満了。ついにその日が来ました。日本海経由で帰路に着くわけだし、もう帰りは松本に寄ることを決めていたので、終了後工場で最後に寝て翌朝の2月16日、茅野を発ち20号でまっすぐ松本へ向かいました。途中諏訪湖を見ました。久々の寒い冬で御神渡りができたと話題でしたが、ちょっと溶けていて、残念。。

                 

                松本市内に入り、詳しくない駅より南の方では一方通行とかでやや迷ったですが、下宿のあった岡田地区に向かい、それから歩くと30分くらいになるでしょうか、当時よく訪れた小径を車で辿ってみました。

                 

                しばらく進むと安曇野と北アルプスが一望できるところに着きます。よく知られている「アルプス公園」と同じようなロケーションです。一人で散歩に来たこともあったし、友だちや先生といろんな議論をしながら訪れもしました。大袈裟にいうならば「思索の山道」でした。ハイデガー流にいうと「森の杣道」という感じでしょうか。。舗装路でしたが。。いまの大学生も基本はそうかと思いますが、私たちも下宿に集まって、お好み焼き(広島風)を作って食べたり、そしていろんな議論(高尚な話から血液型の話などまで)を朝までやったものでした。近所で鶏の声が響きました。

                 

                そういう過ぎ去った20歳頃の時期を振り返るような旅にもなったかもしれません。この松本の地で現在まで続く意識とか世界観とかが築かれたのですから、やはり大事にしておきたい記憶です。

                 

                さてエピソード1で霧ヶ峰から見た北アルプスを掲載しましたが、上のこの写真が松本から見える北アルプスです。写真の辺りは700mを超えていると思いますが、真実の高みには達していませんね。メインは槍穂でなく常念岳が主峰に見えています。左が蝶が岳、右は大天井岳(おてんしょうだけ)です。

                 

                 

                 

                水汲橋

                 

                下宿にはお風呂がなかったので、歩いて浅間温泉に通っていました。その途中に女鳥羽川に架かる橋を渡ります。冬などは帰り道では髪の毛が凍っていましたね。

                 

                 

                 

                女鳥羽川

                 

                この橋の真ん中で、こうして上流を見下ろしながら夏にパナップを食べたことをふと思いましました。美しい時代の記憶そのものです。当時聞いた話で、かつて学生運動の頃にその風は信州大学にも押し寄せていて、教授陣も学生に追われて逃げたんだそうですが、女鳥羽川を渡って逃げたか、手前で踏みとどまったか、で、後々いろいろ人物評価が違ったとか。。。この光景で思いましました。橋を渡って逃げたか、川をジャブジャブ逃げたかはわかりませんでしたね。

                 

                 

                 

                岡田の公園

                 

                大学に通う途中のちょっとした公園も健在です。この青いベンチもそのままではないでしょうが、残っていました。大学からの帰り道にこのベンチに座って岩波文庫の「イーリアス」を読んだ記憶が蘇りました。「イーリアス」の中身はあまり覚えていないんですが。。静かな佇まいが思索的です。大学1年生。知識への欲求は大きかったですね。現在では、欲求は実際的な「情報」を求めることで止まってしまいがちですが。。

                 

                写真は撮りませんでしたが、信州大学付近にも立ち寄ってみました。大学の北側に、いまでは小澤/サイトウキネンで超有名なキッセイ文化ホールがありました(私の時はありません)。聴きに来たい、が、ここまでコンサートに来る予定というのはちょっと立てられないかも。。

                 

                余談ですが、できることなら、子どもたちと燕岳に登りたいと思いました。松本に来て初めて登った北アルプスで、頂上の奇岩は独特だし、盟主槍ヶ岳を好位置で望むことができます。最低2泊3日の行程で、無雪期になるのでちょっときついですかね。

                 

                 

                 

                松本城

                 

                松本城にも訪れてみました。以下は観光情報です。下宿探しの時に家族で天守閣に入った記憶がうっすらとあります。学生時代は通行したことはあっても天守閣には上がらなかったように思います。通行止の看板が見えるこの赤い橋ですが、そういえば「ザ・ベストテン」という番組があって、そこで松田聖子(確か同年齢)が全国中継でこの赤い橋の上で歌ったことがありました。確か自転車で見に行ったような記憶が。。すごい人だかりだったような。

                 

                 

                 

                青翰堂

                 

                松本城から大きい通りを駅方面へ向かう途中にある古本屋さんの「青翰堂」。グーグルマップでこの辺を検索したことがあり、健在なのはわかっていました。古本を買っていきました。

                 

                 

                 

                縄手通り

                 

                「縄手通り」もリニューアルされた感じで残ってました。ただ入口の角に建っていた大きなビルの本屋さんはなくなっていました。ここの花屋さん(左手前の店でしたか)で「エンゼルランプ」という鉢花を買って、それを眺めながら下宿でチェンバロの「フランス組曲」(バッハ)を聴いた記憶が蘇ります。

                 

                また、この通りに当時は小さい映画館があって(本当に小さいです)、リバイバルのみの上映をしていました。「ラ・ブーム」を観た記憶が。。でも映画館は見つけられませんでした。

                 

                 

                 

                シンフォニア外観

                 

                記憶を辿りつつ、一度だけ行ったことがある喫茶店「シンフォニア」を探ししばらく歩いて、ついに発見! 入ってみました。

                 

                 

                 

                シンフォニア室内

                 

                学生時代に人文学部の友人と入ってみると、授業を受けていたドイツ語の先生がいて、確かメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」か何かが流れていたような。。いまはご主人も高齢で耳が良くなくて、当時のレコード類はほとんど人にあげてしまったそうです。テレビで男子フィギアの予選をやっていました。

                 

                寒天工場の2か月間、全く音楽を聴くことができませんでした。それでブルックナーの4番をCDで見つけ、かけてもらいました。2か月ぶりのブルックナーです。

                 

                山の写真がかかっていて、また寒天工場本編の記事で触れた槍ヶ岳山荘の穂刈氏の本もありました。オーナーの穂刈家4代の番組(長野県内のみの放送)の話も交わし、新刊の出版パーティーに出席したのだと伺いました。山が好きなご夫婦のようで、いっとき山の話をして、店を出ました。もう再び訪れることはない気がします。。

                 

                その夜は松本駅前に泊まり、翌日は山形での研修会に向かいました。

                 

                ちなみに、昼ごはんは「源太」の山賊焼き定食を食べて来ました。夜は浅間温泉の「萬山園」に行き萬山麺を食べる計画でしたが、午前に店の前を通った時に「しばらく休みます」の紙が貼ってあり、断念。駅前で第2候補の「スパゲティのヤマナミ」を探しましたが、かなり本気で歩いて探したのですが見つかりませんでした。家に戻って検索してみると、駅前の喫茶「アベ」の近くに引っ越していたようでした。スマホがあれば解決したでしょうに。。学生たちによく知られていた「かのう」(1度だけ入りました)も頭をよぎったのですが、記憶がぼんやりとしすぎ、これも断念。。

                 

                ちなみに、駅前の「アベ」も何度か訪れていて、「モカパフェ」と「ブルーベリーパフェ」がゴージャスで人気でした。モカパフェのみ、入口のショーケースに残っていました。680円になっていました(当時は450円くらいだったか)。

                 

                翌朝はホテルの朝食バイキングでした。かなり良かったですね。松本駅でそばを食べようかと思っていましたが、見つかりませんでした。飯田屋ホテルのそばコーナーも立ち寄ってみましたが、朝の開店時間が遅く、断念。結局この2か月そばは1食も食べませんでした(72日間の連続弁当生活でしたので)。かつてセルヴァン?とかいった駅に並ぶショッピング街も一変していましたね。前より賑わいに欠けている雰囲気がしました。駅前のイトーヨーカドーもありませんでした(井上はありました)。

                 

                 

                 

                高橋博之氏

                 

                そんなわけで、翌日17日は研修会ということでお昼過ぎに山形県小国町に到着し、「食べる通信」高橋博之さんの公演を聞きました。結構な雪で、建物の入り口を見つけるのに苦労しました。小国も西和賀以上に豪雪地帯として知られたところ。ここで久しぶりに覚えた顔と再会です。遅く入って最前列に誘導され、そこから写真を撮ってみたので大きく写っていますが、有名人なので許してもらえるでしょう。高橋氏の農業や農家に対する思いは共感するところが多いです。経済的な面から一歩踏み込んだ内面的な充足感とか、あるいは死生観につながるような面も「農」の根底にあるわけですが、こうした抽象的で伝えづらい領域もわかりやすい言葉で表現してくれる人だなと思っています。値段と機能というモノの面だけでない奥深いつながりを生産者(漁師とかも含みます)と消費者の間に構築していくことが、彼のライフワークになります。

                 

                関心がおありの方は「食べる通信」で検索してみてください。

                 

                夜は懇親会。。テーブルについて酒を飲む懇親会というのも2か月以上ぶりのことでした。ちなみに、寒天工場では住み込み部屋を閉鎖する時に盛大に打ち上げ会をやり、その後は近隣の通勤者のみで終了まで続けるそうです。

                 

                 

                 

                独立学園

                 

                小国の2日目です。小国町にある基督教独立学園高等学校を訪れました(内村鑑三が設立)。日曜日ですので、朝の礼拝に参加して来ました。そのあとに、教頭先生から学校の歴史や方針などについて話していただきました。

                 

                学生は携帯も持たず、テレビも見ない生活だそうです。キリスト教徒であることは必須ではないそうですが、キリスト教や学校の方針に理解を持つことが前提になり、親も一緒に何度も面接をして入学を決めるそうです。「戦う」ことにつながるという考え方からスポーツ活動は取り入れず、部活では野菜や家畜の世話をする活動をするようです。もちろん食事に使われます。

                 

                 

                 

                独立学園畜舎

                 

                基本的に試験というものはないそうで、人間教育が基本になりますので、進学を目指す方向きではないかもしれません。しかし卒業生の話を聞いてみると、ここでの3年間の記憶はやはり根強くずっと残り続けていると。いま自分の高校時代を振り返って、ここまで強烈に自分の一部になっているかと聞かれれば、そうではない。独立学園では、勉学という範疇を超えて一生の生きていく頑丈な基礎が修得されているのだと感じました。

                 

                1学年が25人という定員で全寮制。進学校ではないのだけれど、大学の方から、このような教育を授かった学生を欲しいと逆に言われるそうで、たった25人なんですけどね、というような話もあったりして、時代のかなり先端にいる場所だと私には感じられました。

                 

                 

                 

                小国でのランチ会

                 

                最後にランチを挟んで参加者と懇談。西和賀の顔も見えます。考えさせられる研修会を終え、3時前に出発し、ここからは高速もなく、13号から秋田県経由で午後9時頃に家に到着しました。2か月半ぶりでした。

                 

                さて、既に日常が戻っていますが、やっぱり疲れているのだと思います。朝4時半には起きれないし、部屋でゆっくり検索や事務(申告やネット販売の事務等)をし、備忘を兼ねてのブログ記事の書き起こしなどを進めながら、タラノメの設備改良や駒木の切断と伏せ込みの作業に取り組んでいます。

                 

                にんにくも在庫わずかとなってきました。青果品を取り崩して黒にんにくへと仕込んでいく作業も残ります。

                 

                雪は非常に多く、本当に春が来るのか? 不安な気持ちの昨今です。

                 

                山ぶどうを這わせたパイプが潰されてしまって、この片づけも雪解け後の余計な作業に加わりました。ただかえって露地としてジャガイモ等のスペースができるので、手のかけられなかった山ぶどうを断念する踏ん切りがつきました。

                 

                 

                 

                posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                カナディアンファームを訪問〜寒天工場エピソード2
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                  カナディアンファーム

                   

                  12月5日の夕方に寒天工場に着いて、翌6日から仕事が始まりました。その6日の早朝、1時間だけ「庭」の仕事をやりました。2人で組んで寒天の載った積み重ねてある板を1枚ずつ持ち上げて並べ広げていく仕事。その後、朝食後より私は「水舎」でテングサを洗浄する仕事になったので、後にも先にも「庭仕事」はこの1時間だけでした。

                   

                  その時に板を広げる仕事を一緒にやったのが、吉田さんです。吉田さんは「カナディアンファーム」のオーナーであるハセヤンこと長谷川豊氏の生き方やファームの取り組みに触れて共感を持ち、他県から茅野市(あるいは原村?)に移住された方です。早朝5時前から8時まで寒天の仕事をし、それからファームに行って夕方まで作業(修行)をするという生活をされていました。

                   

                  自分の手で建物を作り、食材を作り、自給で生きていく王国を作る。そんな希望を持って京都生まれのハセヤン氏は高校生の頃に八ヶ岳山麓の「酋長」と呼ばれる農家に弟子入りしたことがきっかけで、消防士になったり、アメリカへ渡り修行の旅を続けたりして、最終的この八ヶ岳の麓に農場とお店を開きました。

                   

                  その建物は極めて独創的で、オーナーのハセヤンが廃材や自分で切った木(カラマツが多いようです)を使って吉田さんたちお仲間と一緒に作ったものです。余談ですが、ハセヤンは「テレビチャンピオン」という番組で「廃材を使った建物作り」のチャンピオンになったとか。

                   

                   

                   

                  カナディアンファーム1

                   

                  その独創的な構築物を写真に撮りたいと、ダッシュでテングサの仕事を少しでも早く終わらせて、日のあるうちに訪れようと頑張り駆け付けました。独特の曲線が良いですね。。写真はフォトショップで少し明るくしましてありますが。

                   

                  こうした壁のない建物はお客さんが食べるスペースなんだそうです(冬は閉鎖ですが)。

                   

                   

                   

                  カナディアンファーム2

                   

                  このような窯でパンを焼いています(ピザではないそうです)。カナディアンということで出てくる料理はサーモンとかお肉が中心になります。薪も廃材が取り入れられていますね。

                   

                   

                   

                  カナディアンファーム3

                   

                  最近作ったというツリーハウスです。訪れた子どもたちの遊び場所としての意味合いだとか。ハセヤンオーナーは子どもたちに自然で生きていく技や、自給の知恵などを教えたいという気持ちを強く持った方のようでした。

                   

                   

                   

                  カナディアンファーム4

                   

                  こちらの部屋で寒天の同僚吉田さんやその友人のスタッフさん、そしてハセヤンとも話をして工場に戻って来ました。冬の時期でもこちらで料理を食べることはできますので、HPで検索して訪れてみてください。そしてここで働きながら、何かを得たいと思っている方も、訪れてみていただきたいと思います。

                   

                  ハセヤンについては、下記の本に10ページほど紹介されていて、私はここにある蔵書を借りて読みました。職業としての農業経営という視点での一般の農家の方には関心は薄いかと思いますが、私はいろいろと考えさせられました。

                   

                  自分は大学時代から内面ばかりを見て生きて来たタイプです。関心事は自己意識とか、認識の背景にあるものとか、物自体とはどういうことか、とか。。ハセヤンや吉田さんは、もっと外に向かって行動しています(世界を旅する寒天釜係の坂口さんも同類ですね)。建物を建てるだけではなく、子どもたちを募って体験学習を行い無償で技を教える。震災の時は即座に救援に向かい、そのような状況でどうすれば良いか体で判断して手を差し伸べる。。

                   

                  気持ちがあってもすぐにそれを表すということは、そうできることではありませんし、むしろ困難なことです。農家であれば、いまこの目の前の農作業を捨てて被災地へ行けるか、とまず自問自答するでしょう。

                   

                  自分がもし、信州大学生の時から再スタートするとしたら、ひょっとしたら、こういう現実社会へ積極的に飛び込んで自らの精神や肉体を「意識」や書籍からではなくて、現実社会から行動して学び、そして自分の王国を具体的に表現したい、という選択肢を持ったかもしれません(もっとも当時の自分のままに戻るなら、何度やっても同じルートを辿るのかもしれませんが)。

                   

                  もっとも、それはいまからでも遅くはないし、農家として鍛えられ、また寒天工場で鍛えられ、実際、社会とも無縁ではありませんし、子どもに何を伝えるべきか具体的にいつも考えます。いまからでも自分なりの王国は築けるでしょうか。

                   

                  2月16日の朝、吉田さんが吉田さんの王国を実現できますようにと願って、握手して別れました。

                   

                  冷燻サーモンを土産に買いました。ハセヤンや吉田さんの描く夢を自分になりに解釈しつつ、思いを馳せながら晩酌にいただきました。生の感じが濃いワイルドなサーモン料理でした。焼酎にもよく合う美味しかったです(子どもには生臭い感じと敬遠されましたが。。)

                   

                   

                   

                  寒天工場のすぐ近くにある諏訪中央病院院長の鎌田氏が書いた本です。確か150ページからハセヤンが取り上げられていました。

                   

                   

                  posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                  霧ヶ峰探訪記〜寒天工場エピソード1
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                    霧ヶ峰から北アルプス

                     

                    真冬の霧ヶ峰を訪れました。雪に覆われた北アルプスが圧巻でした。

                     

                    寒天工場任期の半分をやや過ぎた頃、草を茹でる釜の調子が悪く、修理のため工程が1日だけストップしました。後にも先にも休日はこの1日だけ。休みがわかった前日には、35年前に訪れた霧ヶ峰方面が頭に浮かび、とりあえず蓼科や白樺湖方面を目指してドライブに出かけました。白樺湖に来てみると、先のビーナスラインが通行可能だったので、そのまま霧ヶ峰へ走らせました。何と言ってもすぐ麓で暮らしているので、霧ヶ峰まで1時間という感じでした。

                     

                     

                     

                    白樺湖

                     

                    全面結氷した白樺湖です。お客さんはいないし閑散としています。こうしたところの従業員は冬はどうしているのでしょうか。寒天工場ですかね?

                     

                    さて霧ヶ峰への途中に車山があり、ここはスキー場が賑わっていて、そこまでは往来もありました。そこを過ぎると車はいません。そして、冒頭のパノラマと出会うことができました。

                     

                    夏の間は多くの観光客が目にしたでしょう、アルプスの遠景。しかし、このようにべったりと白い衣装をまとった北アルプスをこのビーナスラインから目にする人は限られていることと思います。

                     

                    右の方に形の良い三角形の「常念岳」が見えます。信州大学時代、松本で4年間この常念岳、そしてその左の斜めの直線雪形が並ぶ「蝶ヶ岳」を真正面に見て過ごしてきました。写真では蝶ヶ岳の後ろに「大キレット」がはっきり写っています。そして、松本で見たときはこの2峰(+知名度は劣りますが大天井岳)が高く聳え、槍ヶ岳などはその後ろに隠されてしまっているのですが(下宿のある岡田地区の話で、信州大学のあたりまで南下すると槍ヶ岳の穂先はちらっと見えます)、ここでは、常念・蝶は前座として、己れの立場を低くし、その背後の主峰、槍・穂高連峰が高く見えているのです(実際高いです)。

                     

                    立っているビーナスラインが高いから実相が見えるのですね。

                     

                    35年前に松本から美ヶ原へ訪れた時も、同じように体験しました。美ヶ原に登っていくにつれどんどんと背後の北アルプスが高くなっていくのを体験しました。ヘーゲル「精神現象学」の言葉を思い出しました。「意識・視座が変わると対象自体も変化する」。自分が成長して見方や尺度が変わることによって、いままで見えなかった新たな対象が生成する。自分の位置が高みに達すれば達するほど、これまで見えてこなかった対象の真の高さが、見て取ることができる。実は(in truth)、常念の陰には3千メートルを超えた主峰が聳えていて、それはたかだか標高600mの松本という町の視座からは認識することができない、ということでしょう。もちろん、大キレットも見えるはずがありません。

                     

                    ちなみに、大学生だった自分にとって、この「大キレット」には畏怖の念が強く、どうしてもこれが何か恐ろしくて「槍・穂高の縦走」は結果、叶いませんでした。いまならそうでもないですが、でも体力的にどうでしょうか。いつか息子が親の縛られていた限界を乗り越えて「槍穂」を達成してくれる日をひそかに期待したいです。

                     

                    左右18cmというこのブログの制限がなければ、もっといくらでも大きく掲載したい光景でした。

                     

                     

                     

                    槍ヶ岳

                     

                    上の写真から槍ヶ岳を最大限引き伸ばしてみました。典型的な氷河が削った形ですね。

                     

                     

                     

                    中央アルプス

                     

                    こちらは中央アルプス。ここには登ったことがありません。なお、伊那や飯田など南信地方も私は好きで、実は就農への準備旅をしていた時に東京から何度か足を運んだこともある地域です。西に中央アルプス、東に南アルプスを眺めることができるるロケーションは最高ですね。長野と静岡、愛知の接する地方は、とても山深い魅力的な土地です。

                     

                     

                     

                    南アルプス

                     

                    南アルプスです。東京時代に鳳凰三山、仙丈ケ岳、北岳に登りました。松本を離れ、東京時代に山の意識というのに変化があって、スポーツ登山というよりも鬱蒼とした深い森への憧憬が強くなったように思います。それが、現在の奥羽山脈につながっているようで、自分にとって、南アルプスはまた特別の存在でもあります。聖岳・光岳とか南部の方も登りたくて地図を見たりしましたが、就農して実現しませんでした。

                     

                     

                     

                    霧ヶ峰のプレオ

                     

                    霧ヶ峰の終点までやってきました。お客が1人だけいました。写真は夏場はほとんど乗ることのない私用の乗用車プレオです。普通乗用車は家内が乗っていて、私がピアノやその他子どもの送迎をする時などのため買った安い中古車です。軽トラでは乗り切れないので。。白樺湖から先のビーナスラインはほとんどが雪道(凍結路)でした。

                     

                     

                     

                    黒曜石ミュージアム

                     

                    さて、白樺湖付近で「黒曜石体験ミュージアム」という案内看板を見つけたので、霧ヶ峰からの帰路に寄ってみました。看板の場所から、茅野市から白樺湖を越え反対側にかなり15分以上走った末にありました。

                     

                    私は黒曜石のファンなので、来てみてよかったと思いました。展示もさることながら、お土産が充実していて、ここで長野土産の半分は入手しました。黒曜石のお守りや飾り物、鹿の角のナイフと石がセットになったものとか、いろいろ興味深いものが並んでいて、かなりじっくり時間をかけて選びました。お客さんは私だけでしたし。。そしてこのお土産はこのミュージアムで職員が手作りしたものである点も特筆すべきです。他所から仕入れた土産物ではありません。買い物には入館が必要ですが、ぜひ入館して見学し、黒曜石のお土産を手にしてください。

                     

                    「銀河鉄道の夜」にも黒曜石は登場しています。

                     

                     

                     

                    滝の湯

                     

                    麓まで降りて来て、蓼科方面へ向かいました。「蓼科グランドホテル滝の湯」は、大学1年の夏休みに住み込みでアルバイトをした思い出の場所です。この日はちょうど明日まで休館改装中ということで、中に入ることはできませんでしたが、道路からの坂道のお地蔵さんも含め、懐かしい場所です。バイトは従業員用の寮で寝泊まりしますが、夜バイト仲間で1部屋に集まってワイワイと話したり、みんな若かったし、仲良しでした。いろんなところから集まっていて専門も違うし目標も違う。寮にこっそり入ってみましたが、いまは全室個室になっているようで、かつてのようにオープンにはいかない感じでしたね。

                     

                    当時はバブル前ではありましたが、夏でもありお客さんも多く、いまよりは景気も良かったのではと思いますね。現在は滝の湯も苦しい経営を強いられているようで、大学の頃にはわからなかったような「オトナ話」も工場で耳に入ってきたりしました。

                     

                    なお当時はプールがあったはずなんですが、見当たりませんでした。

                     

                    このあといったん茅野に降りてきたらちょうどお昼になったのでいったん工場に戻って弁当を食べ(金曜の昼なのでカレーです)、それから諏訪湖方面へ出かけました。ホームセンターでタラノメ用の水につけるバスケットを買い、SUWAガラス館でガラスのお土産を買い、1000円カットで散髪し、諏訪大社を見て、オルゴールの館を見て、温泉に入り、ネットカフェでメールチェックと検索をして、工場に戻りました。

                     

                    何と言っても主役は午前の霧ヶ峰でした。

                     

                    それほどの疲れも感じずに工場で晩御飯を食べ、また翌日は4:30に起きて草仕事に戻りました。

                     

                    ちなみに、携帯もなく地図も持って来ない環境でこのような旅ができたのは、車のナビのおかげです。寒天工場も分かりづらい場所だし、ナビがなければ何もできない体になってしまっており、それはそれで愕然とすべきです。バイク時代は「ツーリングマップル」でどこへでも行ったのですが。。今回では、目的地の名称をまず地元人に聞くなりなんなりで探り出して、工場の電話帳で番号を調べることができれば、セット完了、です。

                     

                    記事を変えて、エピソードはまだ続けます。

                     

                     

                     

                    天狗尾根

                     

                    付録: これまでの山登り経験(大したものではないですが)から、いまでも記憶に焼きつく長野関連2点をプリントフォトから読み込んで、この機会に掲載してみました。八ヶ岳の赤岳を登った後に南下して、キレットを無事下り、「キレット小屋」辺りで夕暮れに。平日だったこともあり小屋にもテントサイトにも誰もいなくて、単独行だし半径何キロかに自分しかいない状況で、日が暮れて行く「天狗の尾根」。あまりに神々しく、畏怖の念を抱いた光景でした。

                     

                     

                     

                    涸沢紅葉

                     

                    こちらは有名な紅葉の涸沢です。出版社時代、若いバイト生とともに(新宿発の夜行電車だったかな)。この時は上高地から岳沢を登って前穂・奥穂とピークを踏んでから涸沢へ降りたと記憶しています。奥穂の山荘へ泊まって、涸沢まで下山したところですね。ここのナマカマドも忘れられない色彩で記憶に深く残っています。1993年頃と思います。

                     

                     

                     

                    黒部の山賊

                     

                    おまけです。この本のことを思い出して探し出してきました。25年くらい前に古書で買いましたが、実に面白く、一気に読める本でした。古い最初の装丁の本で、ただ実際は山渓社から出ている新版の方が活字も読みやすく、新しい写真や記述も加わっているとのことでオススメですね。北アルプスで最も奥深い山域の憧れである「雲の平」や「水晶岳」(ともに名前も良い!)を舞台にした、荒唐無稽な山の出来事にどっぷり浸かり仕事や日常のことなど一切忘れていたい、そんな1冊です。

                     

                     

                     

                    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 07:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    長野で伝統的な寒天作りに従事
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                      寒天工場

                       

                      久しぶりに記事をアップいたします。12月の6日から70日間、長野県茅野市の寒天工場で住み込みで仕事をして、帰ってきました。

                       

                      これまでは冬場は盛岡市で農家の土壌の分析作業を行っていましたが、分析装置の老朽化で昨年度で事業が終了となり、今年は類似のというか、できそうな仕事を通勤圏内で探してみましたが、結局「冬だけ」という仕事はうまく採用にならず、たまたま大学時代の思い出の地である「長野県」に選択のチェックボタンを入れて仕事検索して、見つけ、決まったのでした。

                       

                      冬場はタラノメの出荷もしていて、去年までは土日と平日帰宅後(19:30〜21:00頃)の作業で通勤と両立していましたが、休む間もない疲れる日々でありましたし、逆に作業を均平化しようと早くから伏せ込みを始めて、終盤に素材がなくなってしまったという結果にもなりました。。

                       

                      それで今年は冬の4か月を2期に分け、前半をこの寒天出張に、後半の2か月をタラノメ専業(+米やにんにくの出荷)に集中して充てようと決めたのでした。

                       

                      そんなわけで、12月5日岩手を経ち、長野県茅野市(金メダル小平奈緒の出身地です)で2か月間暮らすことになりました。

                       

                       

                       

                      草

                       

                      私に与えられた仕事は、テングサの洗浄です。毎日、乾燥した草500kgを包みから開封していったん水に漬け、翌朝はその漬けた草を洗浄機に入れて洗浄し、水槽に漬け(2日間)、一昨日漬けた草を、茹でる部門である「釜」に送り出し、そして搬入された乾燥した草を1段階目の水槽に漬ける。この作業のくり返しです。

                       

                      テングサは栽培ができないそうで、採集に頼るということで、昨今はなかなか入手量が増えていかないようで、貴重な資源とも言えます。外国からの輸入が多く、それに国内の伊豆漁協産も混ぜて使用しています。

                       

                       

                       

                      タイコ

                       

                      これが洗浄機です。朝4:30に起きて2階の部屋から下の作業場に降りてきて、まずボトルにレギュラーコーヒーを沸かして入れ、それから第1段階で乾燥品を昨日水に漬けたものをホークで取り出してこの洗浄機に入れて、1番草と2番草は25分間、水を注入しながらタイコを回転させます(写真は3番を洗浄中です)。

                       

                      草は3番まであり、3番だけは乾燥した草をそのまま放り込んで50分間洗浄します。3番草はそのためか泡が最初多く発生します(左の洗浄機)。

                       

                       

                       

                      水槽

                       

                      洗浄した草は本日早い段階で草出しして空いた水槽に入れて、それは明後日釜送りになります。一昨日入れた草をコンテナに移し替えて、ローラーで午前11時までに釜まで送る草出し作業を毎日します。写真はローラーに乗り釜へ送られるコンテナが待機している状態。

                       

                      中央にホースが見えます。水は全て地下水(地下50mの井戸水)を使用しますが、夜間には10個くらいある水槽にこのホースを1つずつ入れて水を掛け流しにし、水槽内が凍らないようにします。昼間は草入れや草出しの邪魔になるのでこうして今日は使わない水槽の草の上にまとめて置いておきます。緑のケースからホースがタコ足のように出ていて、右下に見える太い蛇腹ホースで地下水をケースに投入して、タコ足ホースで全水槽に行き渡らせます。設置は夕方の最後に行う作業です。

                       

                      ちなみに奥に土手があり、車が並んでいますが、遠方から住み込みに来ている人たちの車です。矢印が自分ので。。

                       

                      仕事は午後4時には終わるので、それからすぐ風呂に入り(入る順番なので)、5時半頃には夕食です。テレビを見て、9時に消灯です。時々は夕食前に車でワークマンに行ったり、ネットカフェへ出かけメールチェックや検索をしたりもしました。遠足もしたし車で来て良かったです。

                       

                      食事は3食、給食センターの配達する給食でした。70日間1食も休まずに弁当を食べ続けました。ご飯は食べ放題です。自分で作らなくていいので、まあ楽ですね。食費は給料から天引きにされます(安いです)。

                       

                       

                      釜

                       

                      こちらが、同じ建物内にあるテングサを煮る釜です。相当大きく、毎日1,000リットルくらい重油を焚いているようでした。最初の写真は車の置き場所からこの釜を炊く時の煙を撮った写真でした。

                       

                       

                       

                      草入れ

                       

                      釜セクションの若い2人です。私が洗った草を釜に投入しています。11時から始めて、写真は午後1時頃の段階です。彼らはこの作業を2時頃まで行った後、風呂や夕食など休憩に入り、少し雑用もあるらしいですが夕方5時頃には寝て、夜の11時に起きて1日の仕事を開始します。非常にハードなセクションで、誰もができるわけでは決してありません。結果的に残った精鋭2人がこの若者たちです。

                       

                       

                      バケット

                       

                      夜中にトイレに起きることがあると、金属の軋む音が聞こえて来ます。クレーンの操作音で、茹で上がった草と茹で汁を一緒にこのバケットで、写っていませんが、隣の濾過層に移し替えます。布のようなフィルターの上にドサっと載せる格好で、下には濾過された綺麗な寒天の汁のみが溜まっていきます。

                       

                       

                      生天

                       

                      溜まった煮汁をホースで静かに箱に流し込んで、寒天の原型が出来上がります。これがいわゆる「生天」「ところてん」になります。切れ目が入っているのが見えるでしょうか。これを外に「天出し」します。

                       

                       

                       

                      天切り器具

                       

                      これが「天切り」の道具。釜の係の仕事になります。夜明け頃の作業ですね。最後に私が仕事を終えて出発する際に撮らせてもらいました。坂口さんは世界中をバックパックで歩き、山岳も海のダイビングや釣りもこなし、自由な世界観で自然や人々を見続けて来た人と言えます。ネパールでヒマラヤをロングトレールされた話など、とても刺激になりました。こうした旅を息子としてみたいと強く思いました。が、いまの農業の現実で、1か月というようなスパンで海外を歩くということは、なかなかできることではありません。そういう生き方を選択する人には敬意を抱きますし、しっかりした考えといろんな努力の上に成り立つこととも思います。

                       

                      まもなく寒天の仕事は終了するわけですが、そのあとはヒジキの作業を少し行った後にタイへダイビングに行くそうです。家族を持ち定住する時期も近いのかなとも感じましたが、冬以外の3シーズンは山小屋で働くそうで、ぜひ時代に合ったセンスで山小屋経営をなさって成功していただきたいものです。

                       

                      折りしも、長野だけのテレビ放送で、槍ヶ岳山荘の4代目(30歳)が東京での仕事を辞めて代々継ぐ山小屋にスタッフ入りしたという1時間番組を見ました。私が槍に登った頃は2代目の穂刈貞雄さんでしたが、この放送の収録直後に亡くなられたそうです。

                       

                      彼一人のことではありませんが、なかなかわれわれには真似のできない生き方に出会いました。これからのご発展を祈ります。

                       

                       

                       

                      天出し

                       

                      さて、野外に天出しされた直後の寒天です。長野県茅野市は雪がほとんどなく湿度が低く、最低気温も−8度と、寒天作りに適した気候です。ここで強い寒気に晒して良い寒天が熟成されていきます。なお、軽井沢などの茅野諏訪よりもっと寒い地域では、寒すぎてまた適さないという話でした。県北部も雪が多くてダメです。

                       

                       

                       

                      天干し

                       

                      青空のもと、寒天がいい感じで並んでいます。岩手と違って、特に晴れると日中の最高気温が高いです。晴れれば春のようです。

                       

                       

                       

                      雪払い

                       

                      さっと雪が積もることも当然ありますが、こうした時は竹ぼうきで払ってやります。作業しているのは「庭」のセクションの人たちで、最も多く15人くらいいます。天出しされた寒天を並べ替えたり、運搬車で移動させたり、最後は奥に見えるハウスで乾燥させたりという作業を行います。草の部門は私1人でして、孤独なセクションではありました。そのため、洗って漬けた草を水槽からコンテナに入れて釜に送る作業はこの人たちの支援で一気に行っていました。

                       

                       

                      電話

                       

                      タバコ休憩スペース。急な階段を上ると居住地区です。私は携帯がないため、電話はこれです。2週間に1度くらいはさすがにネットカフェに行きました。そこはソフトクリームが食べ放題なのが良かったですね。これからはやはり携帯がないとやっていけないし、便利かどうかとかいうよりも社会の仕組みから目を閉ざす行為とも感じられ、必要性を痛感してきました。ネットでの農産物の販売の面でも、たまに携帯からの注文があって、こちらのパソコンからのメールが先方に届かないといったことがあります。メールのチェックも携帯があればメールサーバーに入っていって送受信可能ですし、こうした出先での交通面や行き場所の検索も必要になりますね。来年の冬に向けて、本気で準備を考えたいです。

                       

                       

                       

                      茅野からの八ヶ岳

                       

                      住み込みの人が入るお風呂は、普通の家にある大きさで1人ずつ入ります。キャリアによって順番が厳格に定められており、相撲部屋のようです。多くは夕方5時までの勤務なので、4時に終える私は2時に終わる釜の人たちの次に風呂に入って5時までには上がるようにしておりました。

                       

                      とはいえ時々は車で温泉にも出かけます。ここは10分くらいのところにある「望岳の湯」という温泉で、八ヶ岳が見事に一望できる場所にあります。写真では感動を伝え切れませんが、良いですね。信州の山は。夕暮れ時、雪の波打つ山肌が神々しいです。

                       

                       

                      お店

                       

                      工場から歩いて5分くらいのところにホームセンターとスーパーや百円ショップ等があり、便利でした。道路は国道20号。甲州街道ですね。沢内にいるとねじ釘1つ買うにも不便でしたので、店が近いありがたみが痛感されます。メモに控えておいたタラノメ用の資材器具も茅野で買って帰りました。

                       

                      信州大学生の頃にあった「松電ストア」は「デリシア」と名を変えていま風な感じになっていました。時々は酒も買い、せっかくなのでよそ製の焼酎やビールでなく地酒を買いましたが、木曽の「七笑」が自分には合いました。学生の頃「一升瓶のワイン」を「コンパ」とかで飲みましたが、これは健在でした。

                       

                      そんなわけで、2月15日に終了した後は1日松本を旅し、山形での研修会を挟み、2月18日夜に帰宅しました。その後はタラノメ作業や申告の作業、子どもたちとの約束だったディズニーランド行きなど実に多忙で。。積雪は3mになっており、山ぶどうの這うハウス(パイプのみ)は山ぶどうの上に雪が乗ってパイプが潰されました。ここでは山ぶどうは無理と断念し、春にパイプを抜いて、ジャガイモやニンジンの露地スペースに改めます。

                       

                      タラノメは去年後半に失速した経験を踏まえ、最初に書きましたが3月〜4月に集中してしっかり出す計画で伏せ込みを続けています。その様子、そして長野でのエピソード(遠足)等はまた改めて記事にします。

                       

                      20人を雇っての寒天工場でしたが、経営者は私たち個人事業主と同じ延長の、いわば農家さんのような方です。経費も投入し規模はもちろん私たちとは比べようもない経営でしょうが、夏は田んぼとかもやりながら、営業の旅に出たりもするそうです。その点はわれわれ農家とは夏と冬が逆転した格好ですね。この近辺が発祥の地と言われ、江戸時代から続いているとか。見学に来る人も多く、そういう人には外から丸見えの施設内で1人いる私が声をかけられます。羊羹に寒天が使われていることを初めて見学者に教えられて知った次第です。

                       

                      農機屋さん情報によると、寒天作りの際は、水の確保が一番だそうです。蓼科の方からではなくて、霧ヶ峰の方から流れてくる地下水脈が良い水だという話も聞きました。

                       

                      さて、今回の写真に掲げたような昭和のスタイルの寒天作りが今後いつまで続くでしょうか。30kgや50kgの乾燥草を水に投入し、ホークを使って水槽から草をコンテナに入れ、コンテナから洗浄機に入れ、洗浄機からコンテナに移してそれを次の水槽に入れ、2日後に水槽から出してコンテナに入れ、それを釜に送る。地道な作業。労働とは何か、を考えさせられます。休憩時間は特になく、話をしたり、あるいは機械のトラブル等があって作業が止まれば、その分遅くまでかかるだけのこと。「時間」で動く「庭仕事」の人とは違い、1日分の作業を終わらせたら終わり、のスタイルです。ちなみに働いている人は、ほうれん草やりんごの農家(地元や青森から)、漁師、庭師、山小屋で働く人(先の坂口氏)、たまたま仕事の切れ目だったので来た、などという人たちでした。

                       

                      私の担当は「水舎」と呼ばれる草(テングサ)を洗う仕事。農業のように果てしのない作業ではありません。1日分の工程が終われば自由だし、あれこれ悩むこともありません。農家は先行きのことをいろいろ考えて不安になります。このタラノメは無事売れるのだろうか。その前にちゃんと物になるだろうか。機械は壊れないだろうか。寒天の経営者もそんな忙しない気持ちで従業員に指示を与えながら激動の4か月を乗り切っているでしょう。

                       

                      冬の仕事の何かヒントになれば、との気持ちもあって長野に出かけました。ただ寒天はこちらではできないし、規模がやはり個人として真似できるものでもありませんでした。しかし懐かしい信州で、出会った人たちと会話しながら過ごせた70日は貴重な体験でもありました。休みは途中1日しかなかったので、お金を稼ぐ条件というのは良いと思いますが、コツコツ続く重いコンテナを休みなく引き摺り回す作業は、農家でないと苦痛かもしれませんね。

                       

                      沢内で当初にお世話になったおばあさんの言葉を思い出しました。

                       

                      「おばあさん、そんなに休まずに動いて作業して疲れないですか?」

                      「動きながら、休んでら」

                       

                      動くと休むは普通は別なので、寒天庭仕事のように「休憩」が必要ですが、農家は動く=休むを同時に行っています。だから、休まずに1日を過ごし、それを何十日も続けられた。登山も同じですね。仕事とプライベートは別ものではなく、一体化していて、それが「暮らす」なんだ、と思っています。でも、このおばあさんの言葉を思い出し何度も反復しながら作業をしたので、そのおかげで71日の連続無休日無休憩の労働の日々を、何とか終えることができたのかもしれません(くり返しますが1日だけ休み、ドライブに行きました)。

                       

                       

                      寒天

                       

                      お土産にいただいた角寒天を食べて元気に春を迎えたいと思います。

                       

                       

                      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |