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奥羽の山里農村いちば
▼当園のメインサイトです

奥羽の里、岩手県西和賀町内で耕す暮らしを営んでいます。日々の山村のスケッチや、農産物の販売も行っております。

奥羽の山里からの農村通信
▼新規就農のレポートです

奥羽の里へIターン移住し、住居を構え、井戸を掘って農業を開始した1996年〜2000年頃の日常を綴ったページです。

            
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田植えが終わり初夏に移行
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    田植え直後

     

    例年そうなのですが、西日本とかで梅雨入りすると、こちらでは晴天が続く傾向があります。5月は寒気が入って寒いことが多く、それが一転して晴天続きとなる、ほとんど唯一と言っていい貴重な時期になります。トラクター耕耘作業で晴れて欲しい時に雨が続き、その後植え付け等が終わって雨が欲しい時に晴れが続く。いつもそんな感じです。

     

    さて5月末に田植えも終わり、米ぬかの散布をし、チェーン除草の出番となっています。追って動力除草機も使うことになるでしょう。

     

    当園の田畑は黒い火山灰系の土壌ではなく、粘土や砂も混ざった土質が多く、田の粘度としては硬い圃場に入ります。このため代かき後時間を置くと田植え機で開けた穴が塞がらずに浮き苗になってしまい、なるべく植え代かきの翌日にはすぐ田植えをするようにしています。どうしても高低差があって、高い部分は硬くなりやすく、多少の浮き苗は発生し、欠株のできない綺麗な植え付けが課題であります。

     

    もともと高低差ができやすい田で、土を代かき時に大幅に移動させると、移動させた先が深くなりすぎて田植え機が入れないという状況になりますので、この辺り、微妙なバランス感覚で完璧にこなそうとしないこともまた、現実に必要な心得になるところです。

     

     

     

    田植え日の苗

     

    今年は苗の生育条件としては良い気候でした。ただ当園としては大きくなるのにちょっと時間がかったかなという感じで、薄まき方式では当然初期生育が遅れますから、その意味でも余裕をもって早めの種まきが必要と思います。平置きで出芽に時間もかかりますし。寒冷地の稲作になるので、出穂時期など後ろから逆算して考えても、田植えはあまり遅くなりすぎない方が良い気がしています。西日本とかだと6月半ばの田植えまで引き延ばしてでも大きな苗を作る方式が良いのかもしれませんが。。

     

     

     

    米ぬか散布2018

     

    米ぬかを散布しました。これで1袋15kg分撒いたところです。これは小さい田で6アール、1枚で散布は60kgです。10アール100kgの投入にしました。飯米用の田を除き40アールちょっとが散布面積になります。この米ぬか集めも楽ではありません。子どもたちのピアノ送迎の際にコイン精米所に足を伸ばして採取して来るのですが、いつも潤沢に取ってこれるものでもなく、空振りのこともあります。以前にも書いたかもしれませんが、盛岡や北上など都市部の精米所ではまず米ぬかは採取できません。精米者自身がすぐに持って帰るか、近隣の農家が取って行ってしまうかでしょう。ここ沢内ではまだあまり米ぬかに興味を持つ人が少ないのでしょう。とても助かっています。これからもあまり採らずに、当園に残してもらえれば嬉しいですね。

     

     

     

    種生姜の準備

     

    さて、5月末頃からの高温傾向は生姜の植え付けの絶好のタイミングで、田植え後すぐに生姜の準備をしました。芽が2〜3個付いている状態に切り分けて、切り口には薪ストーブから出た灰をまぶします。ここ数週間はおが屑をクッション材にしてコンテナに入れた種生姜を(切り分ける前)、昼間はハウスの中に入れて芽出しを促し、夜は寒いので部屋に入れる、という形で管理していました。芽が出かけたところで植え付け準備です。

     

     

     

    生姜植え付け

     

    1アール程度の狭いスペースではありますが、適当にマルチを張って、株間50cm、条間60cmになるように置いて行き、植え付けしました。170個のカケラを植え付けましたが、果たして秋にどうなってくれるか。。まずは芽が出てくれることです。芽が出れば半分は成功のように思います。マルチは出芽後は除去して、土寄せをしてやります。畑のスペースに合わせて種生姜の数を切り方により調整したという感じです。できるだけ植える1個が大きい方が大きい生姜になると思いますが、数も欲しいですしね。

     

    検索すると、生姜の植え付け適期は平均気温が15度になってから、とのことです。気象庁の過去のデータによれば、当地では6月の初めがその時期です。ただ生姜の種は早くに売り切れてしまうので、4月の初めには入手しなくてはならず、1か月半は寒さで腐らせないように室内で管理し、5月半ばからはハウスも利用して催芽させながら、定植後のスムーズな出芽にこぎつけるという技が必要になります。寒い地方でもよく育つような生姜が育成されれば、朗報でしょうけどね。

     

     

     

    さんさ踊り

     

    5月はずっと農作業ずくめでしたし、部活で土日も全く家にいない2人の中学生から取り残された小3の娘と、絆まつりに出かけて来ました。前に「六魂祭」といわれていた時に、一度秋田市まで見に行ったことがありました。その日は猛烈に暑く、しかもものすごい人出で、飲み物を買うのも困難という状況でした(結局路地裏の自販機を探して買ったのでした)。それに比べれば今回は全然混み合っていませんが、それは警官がこの通りに計画人数分以上に入って行けないようにガードしていたことも一因でしょう。私はある道筋で中央通りまでたどり着けたのですが(この辺の地理は詳しいのです)。

     

    所用もありやや遅れてパレード度会場へ着きましたが、ちょうどさんさのパレードが来たところでした。道路いっぱいを使って何百人という列が踊り歩いてくる様はやはり圧巻でした。

     

     

     

    ねぶた

     

    ねぶたはこの1台でした。ラジオで聞いたところによると、青森でやる本当のねぶたはもっと大きいそうです。輸送上の問題でコンパクトになったんでしょうね。

     

     

     

    竿灯

     

    竿燈も見事ですよね。今回は県外への出張で限られた精鋭のみが来られたんだと思います。秋田で見たときは、地元ということもあり大勢の竿燈が並びましたが、何台か倒れて来たりしました(息子にぶつかり、縁起が良いねという話をしました)。今回は上手な人だけなのでしょう。倒れませんでした。

     

    そういえば秋田の時は夕暮れの灯りの灯った竿燈を見ましたが、今回は昼の短い間だけでしたので、明かりの灯ったねぶたや竿燈は見れませんでした。六魂祭よりはコンパクトになってきているのでしょう。あまり大規模にやりすぎると、本番のそれぞれの祭りの人出が少なくなってしまいますしね。

     

     

     

    絆まつり出発点

     

    出発地点へみなさんゴールしました。盛岡市役所前です。去年まで冬はこの辺に通っていました。市役所前の電話ボックスをよく使っていました。

     

     

     

    チャグチャグ馬っこふれあい

     

    さて、娘にとってはパレードよりもこちらが楽しかったようです。チャグチャグ馬っこに触れるという滅多にない体験ができ、ここには結構長時間おりました。サンビル前の岩手公園の広場です。パレードの開始を告げる狼煙の音で暴れるぞ、と離れるように言われ、確かに音で結構暴れた感じでした。

     

     

     

    ババヘラアイス

     

    昼はメイン会場でいろいろ食べました。暑かったし、ババヘラアイスも盛況でした。

     

    束の間の休日はあっという間に過ぎて、いまはりんどうの芽かきと新しい苗の定植、そして田のチェーン除草に追われています。草刈りの暇もありません。ただタラの木畑だけは、これ以上経つと木が混み合って入って行けなくなるので、園地内の草刈りはやってしまいました。

     

     

    タラメちゃん

     

    タラの木園地は5年経って死んでしまった(皮が剥げて芽が出てこなくなります)株もあり、一方で通路部分に伸び出た根から芽を出すものありで、整然とした並びでなくなって来ました。トゲが刺さるのを我慢しながら迷路のように隙間を探して草刈りをし、残したい子どものタラの木を確保して来年以降への備えとしました。小3の娘が描いた絵が面白かったので掲載します。若い根を掘って切り、芽出しをして植える様子も見ていて、それが下の図です(タラネです)。

     

    りんどうの農家にとっては、むしろ田植え後の方が忙しくなります。ネット管理作業もありますし、芽かきの時にはひどい雑草のところは草取りもやりながらとなり、遅々として進みません。

     

    新植のりんどう苗も金曜日に届いて、植え付け中です。定植はあと2日で、中断した芽かきは今月いっぱいの目標で頑張っております。田の方はチェーン除草をまずは各2回ずつかけて、その後は様子を見てエンジン除草機と手取り除草で。これも今月の仕事です。タラの木の方は雪が降るまでもうすることはありません(外側の畦畔部のみは草刈りをしますが)。

     

    来月はもう7月で、にんにくの収穫が迫ってきますね。消防のポンプ練習(大会)もあり、ゆとりの全くない日々が続いています。。。

     

     

    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 季節の話題 | 07:42 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
    一気に春の到来
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      一本桜2018

       

      いつも撮影しているわが家独占の一本桜が今年も咲いてくれました。当園の畑のアングルからの眺めでは、雑木林を背景にこんもりと丸っこい形が綺麗です。この花の満開とともに、りんどうの「芽かき」という1か月(この作業だけで30日要す)に渡る春の大変な地道な作業が開始します。

       

      とはいえ、今年は雪が多くて、消雪は去年や一昨年よりも1週間遅れました。その分外の農作業は遅れているのですが、3月以降、比較的暖かい日もあったので、雪に覆われる地べたと違って、こうした木々の花や芽吹きについては、さほど遅れずに例年並みとなっています。

       

       

       

      カヌー1

       

      さて、そんな中、ゴールデンウィークが来ています。中学校の上の2人はずっと部活で、小3の下の娘が家にいるというパターンでして、29日の朝、町内「廻戸」の写真家・瀬川さん所有のカヌーに乗せてもらう催しに参加して来ました。息子さんの瀬川然君に後ろで漕いでもらい(後ろは舵取りコースを決める役目とか)、私が先頭で、真ん中が末娘の3人乗りです。写真は娘が撮ったものです。廻戸川になりますが、錦秋湖との合流地点から上流に向けて漕いで行きました。早朝が素晴らしいとのことで、朝6時から約1時間、のんびりと楽しんで来ました。

       

      連休を過ぎて5月半ばになるとダムの放水により錦秋湖の水位は下がっていき、下旬にはすっかり減ってしまいます。いまの時期は豊かに水を湛えているため、カヌーには絶好の季節だそうです。滝のように沢から水が川に落ちていくのが何箇所もありました。

       

       

       

      カヌー2

       

      最後に錦秋湖に出て、そちらからいま漕いで来た川の方を振り返ります。ちょうど北上線の汽車が来て、これも娘ですが、うまく撮影できたようです。この線路と並んで向こう側にR107号があり、いつもそこを車で走りますが、もちろんこちらから汽車を見るのは初めてですね。

       

       

      カヌー後の朝食

       

      カヌーの後は朝食をいただきます。瀬川陽子さんの手作りのメニューで、時期の山菜や和え物、大根の一本漬けのアレンジ品、湯田ヨーグルト、などなど、美味しくいただきました。ふだん全くないことですが、娘は味噌汁のお代わりをしまして、やはり子どもの舌は何か初めて味わう美味しさ(あるいは苦さとか、まずさもでしょうが)を敏感に感じるのだと思いました。その点で子どものうちに食べさせたい、あるいは食べさせたくない味というのはありますね。

       

       

       

      廻戸のカタクリ

       

      これも娘が写した廻戸の瀬川さん宅そばのカタクリです。いまが盛りです。

       

      その後、朝5時からカヌーに乗っていて、この朝食時に同席した青森県田子町のにんにく専業農家、種子さんという方が帰路に当園に来訪して、にんにくについていろいろアドバイスをしていただきました。岩手ではにんにくの産地もなく、詳しい専門家とか普及員等もいませんで、いろんな作業手順などもわからないことだらけでやっているという感じがあります。ちょっとした会話からも「ああ、そうか」ということがわかったりして、私には大変勉強になった機会でした。

       

      いつかにんにくの本場・田子の「種子にんにく農園」の圃場も見せていただく機会があればと思います。

       

       

       

      クリスマスローズ

       

      さて、こういう雪国では、春の花は一気に咲いてくるもので、庭のクリスマスローズは今年も綺麗に咲いてくれました。

       

       

       

      福寿草2018

       

      福寿草もいまが盛り。葉の方にピントが合ってしまいましたか。

       

       

       

      行者にんにく

       

      行者にんにくも顔を覗かせて来ましたね。

       

       

       

      苗2018

       

      水稲苗の様子です。いつも稲の種まきをすると、4月後半に必ず寒気が1週間くらい居座って、雪がちらついたりなどして、芽出しにやきもきするのですが(うちは種まき後すぐに並べる平置き出芽法です)、今年はまあまあ〜やや高温で推移して、無事芽も出揃って、現在は水も入れてプールにしています(1.5葉頃にプールにするということで、いきなりプールにすると発芽不良になります)。

       

      左全部と右の奥の少しがいわてっこ、右の大半がひとめぼれです。比率は2.5:2という感じで去年よりもひとめを増やしました。去年は冷夏であったこともあり、元々穫れ高が少なかった米の在庫量はだんだん乏しくなって来て、ひとめぼれについては、秋までルーティーンの方への出荷で尽きてしまう在庫量です。

       

      労力を考えると、現在の作付けを増やすこともままならず、面積でなく反収を上げる方向の努力を傾けていきたいところです。限られた圃場で作付け品目のせめぎ合いになっています。

       

       

      たらの芽の芽吹き

       

      たらの木も芽吹いて来たし、芽を間引いたり、放置したままの細い幹を伐採したりの作業、ブルーベリーの剪定もしなければなりません。

       

       

      たらの芽摘み取り

       

      ふかし栽培のたらの芽もまだ最終盤で出荷になっていますが、畑の方も芽吹いて来ており、収穫しました。頂芽になりますが、これは昨年の秋に、細いということで伐採をせずに畑に放置した幹が芽吹いたというものです。まず頂芽が食べごろになって、側芽が次々と膨らんで来ており、これを放っておくと細い木になってしまうため、下の1芽のみ残して木をカットします。

       

       

      畑から採ったたらの芽

       

      水槽での栽培と違って赤みを帯び、トゲもしっかり付いています。こういうののみをいまの旬の時期に出荷するというやり方もあるかもしれませんが、2月〜4月の仕事を作るという意味で、需要もまたその時期にあることから、ふかし栽培は当園には必要な品目です。

       

      稲作部門では、米ぬかボカシの仕込みを昨夜スタートさせました。1週間後には田に投入できます。堆肥も散布しますし、下旬の田植えの時期までに育苗と歩調を揃えて進めたいですね。

       

      連休後半だし、もう1回末娘と行楽もしたいところです。

       

       

      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 季節の話題 | 13:27 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
      ハイデガーのこと
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        種まき2018

         

        ここ数日寒気が続いて寒いが続き、もっぱらたらの芽の作業に従事しつつ、まずは水稲籾蒔きまで進めることができました。先週も積雪があったり風が強かったりで、ビニール掛けしようにも、なかなか仕事をさせてくれませんでした。当園はプールに並べての平置き出芽になるので、やはり早めの播種を心がけています。いつ蒔いても、必ず寒気には当たるので、暖かくなるのをのんびり待ってからということはしませんね。慣行では種まき後、密閉した出芽器に入れて2日間で芽出しをさせる方法が取られ、カビ防止に農薬も使われるわけですが、無農薬の平置き法では出芽に7〜10日もかかり、日々の温度確保に一番気の抜けない期間になっています。

         

         

        花巻酵素

         

        育苗培土は今年も「花巻酵素」製の土を使いました。花巻まで取りに行くのも慣習になっており、今年は子どもたちの要望でその際に北上市で「ジュマンジ」を観てきました。面白かったです。そしてアマゾンで旧作があることを知り(ロビン・ウィリアムズ主演)、後日パソコンで観ましたが、これも良かったですね。最近、急ぎの注文がしたくてアマゾンのプライムという会員になりましたが、特典として多くの映画等が無料で視聴できることを知り、結構活用しています。

         

        ちなみに、個人的に「深夜食堂」にハマっています。。なぜでしょうね。全体の醸し出す雰囲気が良いんですね。1作目の映画を観て、いまはテレビ放送版(1話30分)を昼休みに見るのが楽しみになっています。

         

         

         

        水稲プール

         

        さて、あまり写したことがなかったですが、水稲プールはこのようにしています。5〜6cmの太さの垂木を2段に重ねて枠を作り、ブルーシートを新旧2枚重ねて敷き、その上に19mmパイプを並べます。苗箱1枚が2本のパイプの上に乗ります。横に6枚並べますが、中央に30cmくらいの歩けるスペースを作っています。向こうに20枚置けますが、余裕を持ち19枚にしていて、今年は全部で112枚蒔きました。ひとめ2反歩、いわてっこ2反5畝です。坪60株の設定で田植えしており、1反歩当たりで20枚ちょっとの枚数になり、かつ薄まきであることから、種や土の量は節約している勘定になります。

         

        こういう寒冷地では分けつが少ないので、みんな厚まきにして密植にしますが、当園は薄まき、間隔広めの田植えを続けています。そもそも薄まきにしないと大きい苗になりませんし、大きい苗を1株あたり少ない本数で、かつ間隔を開けて田植えすることが、草対策も含めて有機栽培の基本だと思います。もちろん風通しを良くし、いもち病を防ぐことも狙いです。

         

        パイプを下に敷く理由ですが、これにより、田植え直前の完全落水が容易で、また完全な均平が取れていなくて苗箱の高さがいつも不揃いになるものですが、低い苗箱のパイプの下に小石を詰めることで苗箱の高さを、なだらかに上に持ち上げ揃えることができます。

         

         

         

        スポンジケーキ焼き

         

        さて、先週は末娘の誕生日がありまして、蛯名鉄工製オーブン付きストーブで久々にスポンジケーキを焼きました。まだ雪もあり農繁期でないいまだからこそできることですね。薪ですが、通常の薪だけでなく、たらの芽で使った廃木も燃やしています。小さいので、生木でも燃えやすいです。処分にも困りませんね。

         

         

         

        バタークリーム

         

        そして「バタークリーム」を作ります。以前にも書いていますが、昔は生クリームよりもバタークリームの方が市販ケーキでは主流だった気がします。いまはお店でも売っていなくて、作るのが一番です。卵の白身を撹拌器で撹拌し、それに砂糖と無塩のバター(うちは節約してケーキ用マーガリン)を混ぜて出来上がりです。クックパッドを見て作ります。バニラエッセンスを少量かけて、風味を出します。普通の生クリームならいつでも食べることができるので、特別な日の感がありますね。

         

        さて、雪はあと1週間で消えるかという感じで、結局連休近くの頃となってしまうんですね。やっぱり。。11月19日に仙台へサーカスに出かけた日から根雪になっていて、そろそろまる5か月を経過します。こちらでは冬は長く、春は5,6月、夏は7,8月、秋が9,10月で11〜4月が冬という感じでしょうか。少なくとも暖房は完全に6か月は使用しますし、5月6月でも暖房の欲しくなる寒い雨の日はあります。「温暖化」など全然体感できないここ奥羽の里ですが、まあ焦らずに雪解けを待つしかなく、でもりんどう畑など、早く草取りがしたい! いましたい! というのが本音です(切り花りんどうの作業は県内の各地よりも50日遅れての作業開始になります。雑草が取り切れないことにご理解をいただいきたいです。。)。

         

        そうした残雪期ですが、たらの芽の作業があるだけ、当園はまだ仕事に恵まれていることになりましょうか。駒木をすべて切り終えた現在では、収穫と出荷準備、および収穫して空いたスペースに次の駒木を置いていく作業になります。まだまだ素材の木は豊富で、サイトからのご注文にもお応えさせていただきます。連休中には終わりますので、これからは終盤ラストスパートといった時期です。

         

        とはいえ、たらの芽だけでは時間に余裕はあって、子どもたち関連のお出かけも含め「いまのうちにできること」を探しつつ、過ごしております。

         

        農作業と別にやるべきことといっても、何か別の作業対象に目を写して取り組もうということだけではなく、自分の生き方暮らし方の点検をしてみることも必要かと思います。こういう作業もやらないと、何の目的でどういう農業をやりたいのかも見えなくなってしまうかもしれません。夜には読書もしますが、そのうち農繁期になると疲れてやめてしまうことでしょう。いろんな意味で、「やるべきこと」を探し出して、それなりの形を示しておきたいものです。

         

        大学時代の長野県で2か月滞在した報告をしましたが、松本で暮らした20歳の頃からハイデガーの哲学に不思議な魅力を感じていました。いわゆる「哲学史」に出てくるどんな哲学者とも違う異質な哲人です。1980年代当時、いわゆる「実存哲学」は勢いがなく、学科内の雰囲気としては、やはり「学」として論述できるものが志向されていたと思います。もっとも、ハイデガーはいわゆる実存哲学ではない気もするし、そもそも実存哲学自体が正しく捉えれていなくてしかも軽視されていた時代ではなかったかと思います。

         

        そういう背景を身に感じながら、ハイデガーに感じた魅力に匹敵するインスピレーションを受けたのが、大学3年生の後半になって読んだヘーゲル「精神現象学の」序文や緒論でした。いわゆる学説としてのヘーゲルの体系内容そのものよりも、認識や経験の構造について生き生きとした言葉で書き進められた前置きの文章(これだけでも80ページくらいにはなるのですが)に惹かれ、4年生になり卒論の対象に選びました。ハイデガーでは書けそうにないということもありましたが。。その卒論の中でもハイデガーによる「ヘーゲルの "経験" 概念」という論文は重要な文献になりました。そもそも「経験」Erfahrungとは何か、のハイデガーの省察は深いです。

         

        学者ではなく農家として暮らしているいま、ヘーゲルよりも、ハイデガーの方が気にかかります。「自分が自分であると感じ自覚していることの不思議感」とか、「世界とはわからないことだらけで、根本はどんな構造になっていると考えたら良いのか」、あるいは「日常、具体的な物事に関わりつつ生きているが、個々それぞれの具体的な物事の背景にある何かとは何か」。。。そういった直視しようとしても対象化できず、その都度背景に退きながら、もやもやと「それは何か」と問うてしまうもの。。ハイデガーのいう「存在」とはそういう感じなのではないかと思っています。対象としてフォーカスし認識がなされないものは語り得ないし、直視もされず、それは思考・思索によってしか接することはできないと思います。思考といっても近代の学問が求めたような主観性とか、カテゴリーとかの認識の仕組みというものとは違い、いわば「悟り」のような思考になる、そのような意味では直覚とでもいうような仕方で体得すべき本性かもしれません。

         

        そういうものなどない、仮にあっても意味がない、と言ってしまえばそれまでで、不要な考えとして一蹴されるものでもありそうですが。。

         

        そんな感覚にずっと囚われていた気がしますので、ハイデガーに親近感を覚え、私の出発点というのはいつもそこです。そして都会生活の中では、意識の向かう対象や情報・記号といったものがが多くて、個々の存在者に埋没してしまいそうになります。一方、山の中とか、こういう農的暮らしの中では「世界」や「自然」に包まれていて、もくもくと一人作業をしている間、ずっと頭の中にあった「謎」、「世界とか私といった現象」「対象化して捉えようとすると背景に退いてしまう何ものか」を無言で問い続けることができる気がします。農村へ惹かれ移住した動機として、ハイデガーのいわゆる「故郷喪失性」"Heimatlosigkeit"についてのイメージが大きかったと思います。もっとも彼の言う「故郷」は「ふるさと」のような故郷では全然ないのですが。故郷は存在する対象ではなく、対象の地盤でわれわれにそっと何かを語りかけるものと思います。直視はできませんね。

         

        農家として、商品化とか、消費者とのつながり、や伝統的な農村的文化の共有とか、大事な取り組むべきことは多いですから、こんな抽象的なことに囚われていても、生産者からも消費者からも理解を得られることもないでしょう。先達に比べ、当園ではこれといって具体的に特別な、人のやっていないことを何かできているわけではありませんし、現実の農家としてヘーゲルやハイデガーに関心を向けている余裕はないといえばその通りでしょう。。

         

        いずれ、上に述べた個人的関心事や、ハイデガーから感じ取られる「世界があるというのは一体どういうことなのか」を語ろうとするそのことは、すぐに社会や人々と共有できるツールのようなものではありません。ハイデガーのいう「技術とは何か」といったテーマはそれだけ取り出せば、現代社会に対し何かメッセージを伝えることはできるかもしれません。しかしハイデガーの真意は現代社会への批判といったことではなくて、やはり視線を向ける都度、背景へ背景へと隠されてしまう「何者か」に向いている気がします。晩年には「最後の神」とかいった表現もあったそうです。だからそれは具体的内容を持ち説明される「学説」なのでは決してなく、「道」であるとか、「指標」であるとか、そういう語られ方もするでしょうし、ヴィトゲンシュタインのような感性を持った人にとっては、語られないもの、示されるもの(SagenではなくZeigenされるもの)として感じ取られているものでしょうか。

         

        現実の社会で暮らしていくことの不安(経済不安・戦争の不安、等々の存在者の不安)といった切実な関心事に加えて、この「捉えがたい何か」がわからないでいることの不安(存在不安)がいつも静かに押し寄せます。いわゆる哲学の目標とは、単純に幸福とか救いを見出すということではないと思います。この存在不安を解消したいということが動機になり、この語り得ない「それ」は何だ、と対象化し得ない背景を言い当てようとする試みではないでしょうか。コツコツと「個々の存在するもの」(作物や土やいろんな資材など)に関わりつつも(存在者への頽落)、背景・土台の領域(対象化できる存在者と並ぶような別の1つの存在するものではなく)について、漠然とではあれ追い求めて暮らしていくこと、そんな風でありたいと思います。ハイデガーの文章は難解ですが、字づらに迷わされず、言わんとすることを想像することが大切ですね。無数に出ている解説書に手を出すよりも、ハイデガー自身の文章に翻訳でも良いので接して、「言わんとすること」を想像することが大切に思います。

         

        平凡社の「世界の思想家」というシリーズが昔からあり、いまは絶版と思いますが、これは思想家そのものの全著作から選ばれた重要文章(と編者が感じたもの)を寄せ集めたアンソロジーです。ハイデガーの巻もあり、個々の著作に挑むよりも、全体の概観をするには格好の1冊と思い、これもまたアマゾンで入手しました。翻訳でも良いでしょう。思想家の生の文章に触れた方が良いと思います。ただこの平凡社の本は発行が古く、前期の主著『存在と時間』に焦点が当てられていて、まだハイデガーの生涯を通じた全体像が見えていなかった時期のアンソロジーです。時代も進んで、全貌がいまは公刊されています。この時代に新たなアンソロジーでハイデガーの美文に触れたいですね。1冊1冊に深く立ち入っている余裕はなかなかないので、できればコンパクトな形で出版されないでしょうか。。。

         

         

        posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
        新たな農作業シーズンです〜たらの芽に従事してます
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          たらの芽2018

           

          新しい農作業シーズンが始まりました。積雪は1mを切ったかという感じです。既に3月30日より水稲籾の水漬けを開始しており、これから種まき・育苗しつつ、雪が消えるとりんどう畑の作業が増えて来ます。

           

          冬の間、前半は記事にも掲げていますように長野へ2か月ほど働きに行ってまいりました。その反動もあり、2月末からの1か月余りは、のんびり休養もしつつ、子どもたちと出かけたりもし、そして、3〜4月のメインの作業となるたらの芽の栽培出荷に専念しています。写真は第1陣の芽吹き開始の頃で、いまは出荷も半ばを迎えております。

           

           

           

          たらの芽ベッド3段

           

          昨年の冬仕事は3月末までの家からの通勤であったことから、たらの芽作業はかけもちであり、作業の分散の意味も込め1月から週末を主に伏せ込みを開始し、そして4月最初には用意していた穂木(駒木)がなくなってしまうという結果となりまして、結局最大の需要期には応えることができませんでした。最大の需要期というのはこれからの2週間くらいでしょうか。

           

          その対策として今年行ったことは、まずは家を留守にしたことで自ずと伏せ込み時期を遅くしたこと、そしてベッドの棚の数をもう1段増やして3段ベッドにしたことでした。増設の器具資材には結構投資もかかりましたが、ケーブルとサーモを1セット導入し、直管パイプとコンパネ等を準備し、3段水槽にしました。サーモは1個で2系統のケーブルを管理することができます。2つのサーモの間にある2ケーブル分を差し込む部品を使って、去年までは1つのサーモで2段を管理していましたが(温度設定は2系統とも同一)、今年は下の段に1サーモ1ケーブルを増設し、最下段ということで上2段のサーモよりも高い温度設定を施しています。

           

          とはいえ、最下段はなかなか加温がうまくかからず、ストーブと扇風機で1段目に温風を適宜送り込んでやりながら、いまこれからようやく第1陣の出荷を迎えるところです。時間がかかった分、やや大きめにできてきているようです。

           

          3月半ばに高温期があって、その影響で芽の胴体部分が十分大きくならないうちに芽吹いて小さいたらの芽になったものが多く出ました。温度管理、そしてカビを生やさないような湿度管理が重要で、日々の換気や、扇風機での送風作業も大事であると感じています。

           

          手探り試行錯誤でのたらの芽栽培ですが、おかげさまで道の駅や飲食店さんからも定期的に注文をいただけるようになり、現在では一時的に生産が滞る状態で、HPでの販売も50gパック詰めでの少量の出荷と制限させていただいております。

           

          やはりベッド(棚)ごとに芽吹きの進行が異なるため、水槽に挿していった順番に採れていくというものでなく、収穫には山と谷ができてしまいます。始めたのが遅かった分、まだタラの木素材は豊富にあり、これをあと3週間から1か月の間で余さずに使い切ることができるか、ちょっと不安がよぎっています。次の仕込み、次の仕込みと加温加湿を施して短期決戦で進めていきたいと思います。

           

           

          たらの芽スペース

           

          たらの芽はどんな場所で栽培しているのかとよく質問されるので、外観を掲載いたします。住宅の一部のようなところです。もともとわが家はコンクリを打った作業スペースと合体した住宅でして、別棟の作業場を建てる前は、切り花りんどうの選別などもこの住宅付属の作業場で行っており、手狭になってきたことから単管を使って写真のような拡張スペースを作りました。採花したりんどうをいったん水槽に浸けておくといった場所にしたり、冬にはちょうどぴったりとトラクターが収納できました。単管でしっかり作られているので雪で潰れる心配はあまりないですが、何度か屋根の雪払いはしてやります。別の作業場を建てた後はたらの芽スペースとして活用しています。

           

          外壁には半透明のポリカ波板を使っています。ドア部分は夏には取り外して、籾など搬入しています。たらの芽は多少の光がほのかに入るくらいが好ましく、光が強いハウスではわざわざ遮光したりするようです(緑色ではなく紫色になるからでしょうか)。現在のたらの芽の規模をより拡大しようとするならば、外のパイプハウスで栽培するしかなく、そうすれば冬は潰されないように毎日除雪のことが気になって、とても外へ働きに出ることなどできないでしょう。現状のこの狭いスペースで最大限の生産を上げることが課題です。

           

          たらの穂木は十分すぎるほどあるので、細いものはどんどんはじいて、燃やしもしましたし、とりあえず壁面に放置していています。

           

           

           

          住宅作業場

           

          ちなみに、この拡張スペース奥の住宅内コンクリの作業場には、籾摺り機・計量器が設置してあり、こちら側の壁には使う薪を積み、中央には犬のケージがあって、そして取り置きしたたらの芽の置き場所とたらの駒木を切断する切断機のスペースとなっています。秋に籾摺りして現在出荷している玄米在庫と精米機もここにあります。右奥には田やにんにくで使うため精米所から採取した米ぬかを置いています。こうしたコンクリの屋内というのはいくらあっても余るということはないみたいです。外に出ないでたらの芽の仕事ができるのは楽ですね。

           

          そろそろ秋に籾摺りした玄米在庫がなくなってきたので、別棟の作業場内の氷温冷蔵庫で貯蔵していた籾を籾摺りしなくてはいけません。それは次の出来秋までの出荷になります。氷温貯蔵により糖分の蓄積を期待しています。

           

          ちなみに、薪ストーブが盛んな当地ですが、一般にこういうコンクリが住宅にない普通の家では、冬の間日々使う薪というのは皆さん広い玄関(風除室)に積んでいます。

           

           

           

          炭撒きりんどう

           

          さて、外仕事の方ですが、豪雪だったことの対策で炭の補助が出ましたので、早生りんどうに炭の粉を散布しました。日付が入っていませんが、3月24日でした。子どもたちも手伝ってくれていますが、これには理由があります。。

           

          当園ではMacのBootCamp機能でWindowsにしていますが、切り替えには再起動が必要で、特にWindowsからMacに戻るときに、システムファイルの更新とかで時間がかかることがあります。子どもたちはWindows版でのドラクエ10を時間を決めてやっていますが(利用料のかからない時間帯が1日2時間あり、さらにそれを3人で分けると、自ずと時間制限になります)、待ちきれずに電源ボタンを押して無理に終了したことが原因で、突然Windowsが立ち上がらなくなってしまいました。

           

          ゲームはおろか、私の農業簿記もWindowsでの作業だったので、大変困り、結局クリーンインストールしかない状況で、敢行しました。Windowsに仕切られていたHD領域をいったんMacに復元し、再度BootCampの設定、そしてWindowsのインストール(無料の10から後退して当初の8、そしてアップグレードで8.1です)。現在では5年前に購入したWindows8のDVDのソフトはそのままでは使えず、ISOという別の形に変換してからのインストールで、結果、復旧するのにまる1日の時間を要す困難な作業となってしまいました。

           

          農業簿記についてはバックアップデータの取り方が不十分だったこともあり、復旧が困難で、アプリの再インストールだけでは済まず、3月までの伝票の打ち込み作業も必要でした。いまはFrameworkというアプリをインストールした上で、簿記記帳後はその都度USBにバックアップしています(HD内へのバックアップでは意味がありません。Macの方はTime Machineで外付けに自動バックアップしています)。

           

          お子さんをお持ちの方は、パソコンを変にさわれてトラブルに遭遇した経験をお持ちと思いますが、このような顛末で、春休みでもありますし、子どもたちも作業を共にしているという次第です。苦労して育てたキャラのデータが消えてるかもしれないぞと不安を募らせていましたが、データはサーバーの方に保管されてあり、簿記と違ってドラクエの方はアプリの再インストールだけで復旧しました。

           

           

           

          炭撒きにんにく

           

          こちらはにんにく畑。植え付け時には多くの若い方々に手伝ってもらいました。ドローンも上げて撮影してもらって、懇親会も楽しく、良い経験をさせてもらいました。そんな畑ですし、早く雪を消して、春からの成長を早めたいと願っての散布になります。

           

          にんにくですが、在庫も減っており、残りは黒にんにくに回す計画です。-1度設定で貯蔵しても、そろそろ賞味期限時期というところです。

           

           

           

          ハウスの雪状態

           

          水稲の育苗も春の大きな仕事ですが、こちらも早めに除雪機で払っておいたため、だいぶ雪解けが進んできています。4月1日の様子です。このあと、ちょっと残った雪を除雪機で飛ばしてしまったので、あとほんの数日でビニールを掛けることができそうです。

           

           

           

          薪割り2018

           

          薪の仕事もいまの時期の重要な作業です。地元新田商店から2間ほど購入し、置き場から軽トラで搬入し、チェーンソーで玉切りして、割って、積むという作業になります。この春中1になる息子ですが、体格も良くなってきて、いい感じで割ってくれています。中3になる娘よりも上手で、この点は頼もしいところですね。しっかり褒めて、おだてつつ、こういう作業を半ば得意になって続けてくれたら嬉しいですね。

           

          薪は森林組合から買うこともできます。もちろん割高にはなりますが、薪割りする地点までユニックで運びきれいに積んでくれますし、全量がナラで、しかも太さも同じ。玉切りも積み上げも短時間で作業できます。地元商店のものは「春木山」(伐区山)で伐採したもので、当然根元の最も太いところから枝の薪割りも不要の細いものまで混ざっています。雑木林だしナラだけではありません。置いてある場所(山ではなく舗装路の脇)から自分で運んで来なくてはなりません。根元の太いものは運ぶのも切るのも割るのも大変です。

           

          いろいろ考えると、お金に余裕がある人は森林組合から買うべきでしょう。が、地元で残雪の山に道を付け、運搬車で運び出してくる伝統的な「春木山」の木を私は優先して使いたいと思います。大型機械に頼る大規模農業よりも、手仕事型の小規模農業に自分は魅力を感じることとつながっている気がします。昭和のスタイルの「寒天作り」にも相通ずるものがありますね。

           

          秋に雨の多い当地では1シーズンでは乾燥が不十分で、いま割る木は次の次の冬用になります。

           

          こんな感じで、たらの芽を中心に、水稲の種まき準備、薪の用意という作業を行っています。

           

           

           

          エルサ・パレード

           

          さて、行楽レジャー部門の写真をいくつか掲載させていただきます。70日間留守にしたこともあり、2月の後半からは、子どもたちと遊ぶことも大切な行事でありました。ディズニーランドは約束していたので、長野からの帰宅後の翌週の週末に東京へ行ってまいりました。本当は1月10日頃が冬休みであり、混んでいない時期でもあってベストなのですが、残念ながら出張中。春休みになるとたらの芽出荷もあり、また一層混み合います。そういうことで2月末の金曜の夕方に出かけて日曜の夜に帰ってくるという形にしました。

           

          今回のこの時期ならではの特徴というのは、このアナと雪のパレードでしょうか。

           

           

           

          手品漫談

           

          昼のパレードを待つ間の半端な時間に手品コントをやっており、結構面白かったです。

           

          ディズニーランドは2度目になりますが、初めて乗った乗り物で「スターツアーズ」というのが面白かったです。朝9時頃から夜10時過ぎまでいて、へとへとです。。ビッグサンダーも乗りましたし、ジャングルツアー、海賊のツアー、フィルハーマジック、等々、結構いっぱい遊べたと思います。パレードは3つあったし、アナと雪のシンデレラ城への投影映像とか花火とか、アトラクション以外も多く、お土産も買うし、本当に忙しい感じです。

           

          一般に、ただの遊園地、というのは語弊があるかもしれませんが、そういうのではない感動がここにはある気がします。何度来ても遊び尽くせなかった感が残りますし、また来たいと思って帰るのですね。子どもがいなければ決して足を踏み入れることはなかったであろうこの場所ですが、ある程度子どもが大きくなったら、間違いなく再び縁遠くなってしまうことでしょう。

           

           

           

          江ノ島水族館

           

          翌日は、本当は上野動物園へと思ったのですが、シャンシャンのブームもありチケットを買って入園する自体が行列になるとか、整理券でシャンシャンを見る時間帯というのが午後遅くなる、とかの情報もあって断念し、「新江ノ島水族館」へ行くことにしました。見応えのある水族館でした。最も印象的という1枚はクラゲでしょうか。ここではクラゲの展示スペースを使ったプロジェクションマッピングのイベントも人気でした。

           

           

          イルカショー

           

          イルカのショーもアートな要素が組み入れられていて斬新でした。

           

           

           

          水沢天文台

           

          岩手では、気になっていた水沢の天文台を訪ねました。NHK朝のラジオ「すっぴん」でここの天文台の所長さんがロングインタビューのコーナーに出ていて気になっており、実はここは2度目なのですが、特に末娘にこのパラボラアンテナの光景を見せたく、出かけてきました。「宇宙遊学館」という見学施設とセットになります。岩手にお住いの方は是非一度訪れる価値ある場所と思います。本当にこのパラボラ(20m)は圧巻です。

           

           

           

          水産科学館

           

          春休みになって訪れた、宮古市の浄土ヶ浜の近くにある「水産科学館」。一度は見たい場所でした。昔の漁具やはえ縄や巻き網などの漁法も展示してあります。

           

           

           

          浄土ヶ浜のウミネコ

           

          浄土ヶ浜では、ウミネコに餌を販売しており(かっぱえびせん。。)、平日だったこともあり、大盛況という感じです。かっぱえびせんでは塩分過多になるのではと心配ですが、大丈夫でしょうか。鳥にも肝臓はあるかと思いますが。。

           

           

           

          釜石大観音

           

          宮古から釜石へ45号を南下し、釜石大観音へ。地上120mの展望スペースに来ました。

           

           

           

          釜石港の眺め

           

          大観音からの釜石港方面の眺めです。この後に、釜石港で釣りをします。

           

           

           

          恵比寿様

           

          大観音の内部には1階に1体ずつ七福神の像があります。これは恵比寿様ですね。鯛を持っています。ちなみに平日の夕方ということもあり、来訪者は私たちだけでした。。

           

           

           

          釜石港釣り

           

          そして釜石港のT字堤防へ。夕暮れ時でこの日は気温も高く期待も高まりましたが、小さいオコゼ系が1匹釣れただけで。。春は釣れない時期なのはわかっているんですが、この時期しかなかなか遠征はできず、仕方ありませんね。広島では昔いつの時期ももっと釣れたと思います。冬から春はカレイやアイナメ、夏場はシロギスやベラなど。。ぜひ6月頃にもう一度T字堤防は挑戦したいですね。何と言っても、深いです! ブラクリを使ったこともありますが、底に着くのに結構時間がかかります。

           

          堤防釣りの仕掛けでは、何が良いのでしょうね。中学生の頃のしかも広島近辺での知識のまま止まっていて、昨今の事情はよくわかりません。砂浜からと同じで投げ竿でジェット天秤とかで投げ込むのが昔自分たちのやり方でしたが、何か芸がありませんし、柔らかい磯竿系で、根魚を狙うブラクリ(オモリと針のセット)というのが、いまの私にはしっくり来ました。もちろん鯖とかイワシの群れであればサビキ系になるでしょうが、そういうのが釣れる秋には絶対来れないですので。

           

          釣具屋ではミミズも買って来て、容器に土を入れ家で養殖しています。庭で採れたら加えていきます。ミミズでの家の前での岩魚・ヤマメ釣りが息子の当面の遊びになるでしょう。一度竿を出してみましたが、まだ釣れませんでした。。

           

           

          花巻のヘラ

           

          もう少し春が進むと、横手公園の池、やや遅れて地元「廻戸池」でヘラブナ釣りのシーズンになります。釣りは子どもたちとの絶好のレジャーですし、昨日は子どもたちの要望で、花巻広域公園の金矢池に行って来ました。総じて小物のフナでしたが、ヘラも2匹かかりました。ここは遊具もあり小さい子も楽しめる公園です。次回は花巻酵素さんへ水稲培土を買いに行く際に出かけたいと思います。

           

          本当にいまのうちですね。子どもたちと遊びに出かけるのも、また時期的に雪のあるいまだから。

           

           

           

          posted by: 渡辺哲哉(園主) | 季節の話題 | 07:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
          4年間を過ごした松本の旅〜寒天工場エピソード3
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            常念岳松本より

             

            あと何日だと待った、寒天工場の任期満了。ついにその日が来ました。日本海経由で帰路に着くわけだし、もう帰りは松本に寄ることを決めていたので、終了後工場で最後に寝て翌朝の2月16日、茅野を発ち20号でまっすぐ松本へ向かいました。途中諏訪湖を見ました。久々の寒い冬で御神渡りができたと話題でしたが、ちょっと溶けていて、残念。。

             

            松本市内に入り、詳しくない駅より南の方では一方通行とかでやや迷ったですが、下宿のあった岡田地区に向かい、それから歩くと30分くらいになるでしょうか、当時よく訪れた小径を車で辿ってみました。

             

            しばらく進むと安曇野と北アルプスが一望できるところに着きます。よく知られている「アルプス公園」と同じようなロケーションです。一人で散歩に来たこともあったし、友だちや先生といろんな議論をしながら訪れもしました。大袈裟にいうならば「思索の山道」でした。ハイデガー流にいうと「森の杣道」という感じでしょうか。。舗装路でしたが。。いまの大学生も基本はそうかと思いますが、私たちも下宿に集まって、お好み焼き(広島風)を作って食べたり、そしていろんな議論(高尚な話から血液型の話などまで)を朝までやったものでした。近所で鶏の声が響きました。

             

            そういう過ぎ去った20歳頃の時期を振り返るような旅にもなったかもしれません。この松本の地で現在まで続く意識とか世界観とかが築かれたのですから、やはり大事にしておきたい記憶です。

             

            さてエピソード1で霧ヶ峰から見た北アルプスを掲載しましたが、上のこの写真が松本から見える北アルプスです。写真の辺りは700mを超えていると思いますが、真実の高みには達していませんね。メインは槍穂でなく常念岳が主峰に見えています。左が蝶が岳、右は大天井岳(おてんしょうだけ)です。

             

             

             

            水汲橋

             

            下宿にはお風呂がなかったので、歩いて浅間温泉に通っていました。その途中に女鳥羽川に架かる橋を渡ります。冬などは帰り道では髪の毛が凍っていましたね。

             

             

             

            女鳥羽川

             

            この橋の真ん中で、こうして上流を見下ろしながら夏にパナップを食べたことをふと思いましました。美しい時代の記憶そのものです。当時聞いた話で、かつて学生運動の頃にその風は信州大学にも押し寄せていて、教授陣も学生に追われて逃げたんだそうですが、女鳥羽川を渡って逃げたか、手前で踏みとどまったか、で、後々いろいろ人物評価が違ったとか。。。この光景で思いましました。橋を渡って逃げたか、川をジャブジャブ逃げたかはわかりませんでしたね。

             

             

             

            岡田の公園

             

            大学に通う途中のちょっとした公園も健在です。この青いベンチもそのままではないでしょうが、残っていました。大学からの帰り道にこのベンチに座って岩波文庫の「イーリアス」を読んだ記憶が蘇りました。「イーリアス」の中身はあまり覚えていないんですが。。静かな佇まいが思索的です。大学1年生。知識への欲求は大きかったですね。現在では、欲求は実際的な「情報」を求めることで止まってしまいがちですが。。

             

            写真は撮りませんでしたが、信州大学付近にも立ち寄ってみました。大学の北側に、いまでは小澤/サイトウキネンで超有名なキッセイ文化ホールがありました(私の時はありません)。聴きに来たい、が、ここまでコンサートに来る予定というのはちょっと立てられないかも。。

             

            余談ですが、できることなら、子どもたちと燕岳に登りたいと思いました。松本に来て初めて登った北アルプスで、頂上の奇岩は独特だし、盟主槍ヶ岳を好位置で望むことができます。最低2泊3日の行程で、無雪期になるのでちょっときついですかね。

             

             

             

            松本城

             

            松本城にも訪れてみました。以下は観光情報です。下宿探しの時に家族で天守閣に入った記憶がうっすらとあります。学生時代は通行したことはあっても天守閣には上がらなかったように思います。通行止の看板が見えるこの赤い橋ですが、そういえば「ザ・ベストテン」という番組があって、そこで松田聖子(確か同年齢)が全国中継でこの赤い橋の上で歌ったことがありました。確か自転車で見に行ったような記憶が。。すごい人だかりだったような。

             

             

             

            青翰堂

             

            松本城から大きい通りを駅方面へ向かう途中にある古本屋さんの「青翰堂」。グーグルマップでこの辺を検索したことがあり、健在なのはわかっていました。古本を買っていきました。

             

             

             

            縄手通り

             

            「縄手通り」もリニューアルされた感じで残ってました。ただ入口の角に建っていた大きなビルの本屋さんはなくなっていました。ここの花屋さん(左手前の店でしたか)で「エンゼルランプ」という鉢花を買って、それを眺めながら下宿でチェンバロの「フランス組曲」(バッハ)を聴いた記憶が蘇ります。

             

            また、この通りに当時は小さい映画館があって(本当に小さいです)、リバイバルのみの上映をしていました。「ラ・ブーム」を観た記憶が。。でも映画館は見つけられませんでした。

             

             

             

            シンフォニア外観

             

            記憶を辿りつつ、一度だけ行ったことがある喫茶店「シンフォニア」を探ししばらく歩いて、ついに発見! 入ってみました。

             

             

             

            シンフォニア室内

             

            学生時代に人文学部の友人と入ってみると、授業を受けていたドイツ語の先生がいて、確かメシアンの「トゥーランガリラ交響曲」か何かが流れていたような。。いまはご主人も高齢で耳が良くなくて、当時のレコード類はほとんど人にあげてしまったそうです。テレビで男子フィギアの予選をやっていました。

             

            寒天工場の2か月間、全く音楽を聴くことができませんでした。それでブルックナーの4番をCDで見つけ、かけてもらいました。2か月ぶりのブルックナーです。

             

            山の写真がかかっていて、また寒天工場本編の記事で触れた槍ヶ岳山荘の穂刈氏の本もありました。オーナーの穂刈家4代の番組(長野県内のみの放送)の話も交わし、新刊の出版パーティーに出席したのだと伺いました。山が好きなご夫婦のようで、いっとき山の話をして、店を出ました。もう再び訪れることはない気がします。。

             

            その夜は松本駅前に泊まり、翌日は山形での研修会に向かいました。

             

            ちなみに、昼ごはんは「源太」の山賊焼き定食を食べて来ました。夜は浅間温泉の「萬山園」に行き萬山麺を食べる計画でしたが、午前に店の前を通った時に「しばらく休みます」の紙が貼ってあり、断念。駅前で第2候補の「スパゲティのヤマナミ」を探しましたが、かなり本気で歩いて探したのですが見つかりませんでした。家に戻って検索してみると、駅前の喫茶「アベ」の近くに引っ越していたようでした。スマホがあれば解決したでしょうに。。学生たちによく知られていた「かのう」(1度だけ入りました)も頭をよぎったのですが、記憶がぼんやりとしすぎ、これも断念。。

             

            ちなみに、駅前の「アベ」も何度か訪れていて、「モカパフェ」と「ブルーベリーパフェ」がゴージャスで人気でした。モカパフェのみ、入口のショーケースに残っていました。680円になっていました(当時は450円くらいだったか)。

             

            翌朝はホテルの朝食バイキングでした。かなり良かったですね。松本駅でそばを食べようかと思っていましたが、見つかりませんでした。飯田屋ホテルのそばコーナーも立ち寄ってみましたが、朝の開店時間が遅く、断念。結局この2か月そばは1食も食べませんでした(72日間の連続弁当生活でしたので)。かつてセルヴァン?とかいった駅に並ぶショッピング街も一変していましたね。前より賑わいに欠けている雰囲気がしました。駅前のイトーヨーカドーもありませんでした(井上はありました)。

             

             

             

            高橋博之氏

             

            そんなわけで、翌日17日は研修会ということでお昼過ぎに山形県小国町に到着し、「食べる通信」高橋博之さんの公演を聞きました。結構な雪で、建物の入り口を見つけるのに苦労しました。小国も西和賀以上に豪雪地帯として知られたところ。ここで久しぶりに覚えた顔と再会です。遅く入って最前列に誘導され、そこから写真を撮ってみたので大きく写っていますが、有名人なので許してもらえるでしょう。高橋氏の農業や農家に対する思いは共感するところが多いです。経済的な面から一歩踏み込んだ内面的な充足感とか、あるいは死生観につながるような面も「農」の根底にあるわけですが、こうした抽象的で伝えづらい領域もわかりやすい言葉で表現してくれる人だなと思っています。値段と機能というモノの面だけでない奥深いつながりを生産者(漁師とかも含みます)と消費者の間に構築していくことが、彼のライフワークになります。

             

            関心がおありの方は「食べる通信」で検索してみてください。

             

            夜は懇親会。。テーブルについて酒を飲む懇親会というのも2か月以上ぶりのことでした。ちなみに、寒天工場では住み込み部屋を閉鎖する時に盛大に打ち上げ会をやり、その後は近隣の通勤者のみで終了まで続けるそうです。

             

             

             

            独立学園

             

            小国の2日目です。小国町にある基督教独立学園高等学校を訪れました(内村鑑三が設立)。日曜日ですので、朝の礼拝に参加して来ました。そのあとに、教頭先生から学校の歴史や方針などについて話していただきました。

             

            学生は携帯も持たず、テレビも見ない生活だそうです。キリスト教徒であることは必須ではないそうですが、キリスト教や学校の方針に理解を持つことが前提になり、親も一緒に何度も面接をして入学を決めるそうです。「戦う」ことにつながるという考え方からスポーツ活動は取り入れず、部活では野菜や家畜の世話をする活動をするようです。もちろん食事に使われます。

             

             

             

            独立学園畜舎

             

            基本的に試験というものはないそうで、人間教育が基本になりますので、進学を目指す方向きではないかもしれません。しかし卒業生の話を聞いてみると、ここでの3年間の記憶はやはり根強くずっと残り続けていると。いま自分の高校時代を振り返って、ここまで強烈に自分の一部になっているかと聞かれれば、そうではない。独立学園では、勉学という範疇を超えて一生の生きていく頑丈な基礎が修得されているのだと感じました。

             

            1学年が25人という定員で全寮制。進学校ではないのだけれど、大学の方から、このような教育を授かった学生を欲しいと逆に言われるそうで、たった25人なんですけどね、というような話もあったりして、時代のかなり先端にいる場所だと私には感じられました。

             

             

             

            小国でのランチ会

             

            最後にランチを挟んで参加者と懇談。西和賀の顔も見えます。考えさせられる研修会を終え、3時前に出発し、ここからは高速もなく、13号から秋田県経由で午後9時頃に家に到着しました。2か月半ぶりでした。

             

            さて、既に日常が戻っていますが、やっぱり疲れているのだと思います。朝4時半には起きれないし、部屋でゆっくり検索や事務(申告やネット販売の事務等)をし、備忘を兼ねてのブログ記事の書き起こしなどを進めながら、タラノメの設備改良や駒木の切断と伏せ込みの作業に取り組んでいます。

             

            にんにくも在庫わずかとなってきました。青果品を取り崩して黒にんにくへと仕込んでいく作業も残ります。

             

            雪は非常に多く、本当に春が来るのか? 不安な気持ちの昨今です。

             

            山ぶどうを這わせたパイプが潰されてしまって、この片づけも雪解け後の余計な作業に加わりました。ただかえって露地としてジャガイモ等のスペースができるので、手のかけられなかった山ぶどうを断念する踏ん切りがつきました。

             

             

             

            posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:51 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
            カナディアンファームを訪問〜寒天工場エピソード2
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              カナディアンファーム

               

              12月5日の夕方に寒天工場に着いて、翌6日から仕事が始まりました。その6日の早朝、1時間だけ「庭」の仕事をやりました。2人で組んで寒天の載った積み重ねてある板を1枚ずつ持ち上げて並べ広げていく仕事。その後、朝食後より私は「水舎」でテングサを洗浄する仕事になったので、後にも先にも「庭仕事」はこの1時間だけでした。

               

              その時に板を広げる仕事を一緒にやったのが、吉田さんです。吉田さんは「カナディアンファーム」のオーナーであるハセヤンこと長谷川豊氏の生き方やファームの取り組みに触れて共感を持ち、他県から茅野市(あるいは原村?)に移住された方です。早朝5時前から8時まで寒天の仕事をし、それからファームに行って夕方まで作業(修行)をするという生活をされていました。

               

              自分の手で建物を作り、食材を作り、自給で生きていく王国を作る。そんな希望を持って京都生まれのハセヤン氏は高校生の頃に八ヶ岳山麓の「酋長」と呼ばれる農家に弟子入りしたことがきっかけで、消防士になったり、アメリカへ渡り修行の旅を続けたりして、最終的この八ヶ岳の麓に農場とお店を開きました。

               

              その建物は極めて独創的で、オーナーのハセヤンが廃材や自分で切った木(カラマツが多いようです)を使って吉田さんたちお仲間と一緒に作ったものです。余談ですが、ハセヤンは「テレビチャンピオン」という番組で「廃材を使った建物作り」のチャンピオンになったとか。

               

               

               

              カナディアンファーム1

               

              その独創的な構築物を写真に撮りたいと、ダッシュでテングサの仕事を少しでも早く終わらせて、日のあるうちに訪れようと頑張り駆け付けました。独特の曲線が良いですね。。写真はフォトショップで少し明るくしましてありますが。

               

              こうした壁のない建物はお客さんが食べるスペースなんだそうです(冬は閉鎖ですが)。

               

               

               

              カナディアンファーム2

               

              このような窯でパンを焼いています(ピザではないそうです)。カナディアンということで出てくる料理はサーモンとかお肉が中心になります。薪も廃材が取り入れられていますね。

               

               

               

              カナディアンファーム3

               

              最近作ったというツリーハウスです。訪れた子どもたちの遊び場所としての意味合いだとか。ハセヤンオーナーは子どもたちに自然で生きていく技や、自給の知恵などを教えたいという気持ちを強く持った方のようでした。

               

               

               

              カナディアンファーム4

               

              こちらの部屋で寒天の同僚吉田さんやその友人のスタッフさん、そしてハセヤンとも話をして工場に戻って来ました。冬の時期でもこちらで料理を食べることはできますので、HPで検索して訪れてみてください。そしてここで働きながら、何かを得たいと思っている方も、訪れてみていただきたいと思います。

               

              ハセヤンについては、下記の本に10ページほど紹介されていて、私はここにある蔵書を借りて読みました。職業としての農業経営という視点での一般の農家の方には関心は薄いかと思いますが、私はいろいろと考えさせられました。

               

              自分は大学時代から内面ばかりを見て生きて来たタイプです。関心事は自己意識とか、認識の背景にあるものとか、物自体とはどういうことか、とか。。ハセヤンや吉田さんは、もっと外に向かって行動しています(世界を旅する寒天釜係の坂口さんも同類ですね)。建物を建てるだけではなく、子どもたちを募って体験学習を行い無償で技を教える。震災の時は即座に救援に向かい、そのような状況でどうすれば良いか体で判断して手を差し伸べる。。

               

              気持ちがあってもすぐにそれを表すということは、そうできることではありませんし、むしろ困難なことです。農家であれば、いまこの目の前の農作業を捨てて被災地へ行けるか、とまず自問自答するでしょう。

               

              自分がもし、信州大学生の時から再スタートするとしたら、ひょっとしたら、こういう現実社会へ積極的に飛び込んで自らの精神や肉体を「意識」や書籍からではなくて、現実社会から行動して学び、そして自分の王国を具体的に表現したい、という選択肢を持ったかもしれません(もっとも当時の自分のままに戻るなら、何度やっても同じルートを辿るのかもしれませんが)。

               

              もっとも、それはいまからでも遅くはないし、農家として鍛えられ、また寒天工場で鍛えられ、実際、社会とも無縁ではありませんし、子どもに何を伝えるべきか具体的にいつも考えます。いまからでも自分なりの王国は築けるでしょうか。

               

              2月16日の朝、吉田さんが吉田さんの王国を実現できますようにと願って、握手して別れました。

               

              冷燻サーモンを土産に買いました。ハセヤンや吉田さんの描く夢を自分になりに解釈しつつ、思いを馳せながら晩酌にいただきました。生の感じが濃いワイルドなサーモン料理でした。焼酎にもよく合う美味しかったです(子どもには生臭い感じと敬遠されましたが。。)

               

               

               

              寒天工場のすぐ近くにある諏訪中央病院院長の鎌田氏が書いた本です。確か150ページからハセヤンが取り上げられていました。

               

               

              posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 08:08 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
              霧ヶ峰探訪記〜寒天工場エピソード1
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                霧ヶ峰から北アルプス

                 

                真冬の霧ヶ峰を訪れました。雪に覆われた北アルプスが圧巻でした。

                 

                寒天工場任期の半分をやや過ぎた頃、草を茹でる釜の調子が悪く、修理のため工程が1日だけストップしました。後にも先にも休日はこの1日だけ。休みがわかった前日には、35年前に訪れた霧ヶ峰方面が頭に浮かび、とりあえず蓼科や白樺湖方面を目指してドライブに出かけました。白樺湖に来てみると、先のビーナスラインが通行可能だったので、そのまま霧ヶ峰へ走らせました。何と言ってもすぐ麓で暮らしているので、霧ヶ峰まで1時間という感じでした。

                 

                 

                 

                白樺湖

                 

                全面結氷した白樺湖です。お客さんはいないし閑散としています。こうしたところの従業員は冬はどうしているのでしょうか。寒天工場ですかね?

                 

                さて霧ヶ峰への途中に車山があり、ここはスキー場が賑わっていて、そこまでは往来もありました。そこを過ぎると車はいません。そして、冒頭のパノラマと出会うことができました。

                 

                夏の間は多くの観光客が目にしたでしょう、アルプスの遠景。しかし、このようにべったりと白い衣装をまとった北アルプスをこのビーナスラインから目にする人は限られていることと思います。

                 

                右の方に形の良い三角形の「常念岳」が見えます。信州大学時代、松本で4年間この常念岳、そしてその左の斜めの直線雪形が並ぶ「蝶ヶ岳」を真正面に見て過ごしてきました。写真では蝶ヶ岳の後ろに「大キレット」がはっきり写っています。そして、松本で見たときはこの2峰(+知名度は劣りますが大天井岳)が高く聳え、槍ヶ岳などはその後ろに隠されてしまっているのですが(下宿のある岡田地区の話で、信州大学のあたりまで南下すると槍ヶ岳の穂先はちらっと見えます)、ここでは、常念・蝶は前座として、己れの立場を低くし、その背後の主峰、槍・穂高連峰が高く見えているのです(実際高いです)。

                 

                立っているビーナスラインが高いから実相が見えるのですね。

                 

                35年前に松本から美ヶ原へ訪れた時も、同じように体験しました。美ヶ原に登っていくにつれどんどんと背後の北アルプスが高くなっていくのを体験しました。ヘーゲル「精神現象学」の言葉を思い出しました。「意識・視座が変わると対象自体も変化する」。自分が成長して見方や尺度が変わることによって、いままで見えなかった新たな対象が生成する。自分の位置が高みに達すれば達するほど、これまで見えてこなかった対象の真の高さが、見て取ることができる。実は(in truth)、常念の陰には3千メートルを超えた主峰が聳えていて、それはたかだか標高600mの松本という町の視座からは認識することができない、ということでしょう。もちろん、大キレットも見えるはずがありません。

                 

                ちなみに、大学生だった自分にとって、この「大キレット」には畏怖の念が強く、どうしてもこれが何か恐ろしくて「槍・穂高の縦走」は結果、叶いませんでした。いまならそうでもないですが、でも体力的にどうでしょうか。いつか息子が親の縛られていた限界を乗り越えて「槍穂」を達成してくれる日をひそかに期待したいです。

                 

                左右18cmというこのブログの制限がなければ、もっといくらでも大きく掲載したい光景でした。

                 

                 

                 

                槍ヶ岳

                 

                上の写真から槍ヶ岳を最大限引き伸ばしてみました。典型的な氷河が削った形ですね。

                 

                 

                 

                中央アルプス

                 

                こちらは中央アルプス。ここには登ったことがありません。なお、伊那や飯田など南信地方も私は好きで、実は就農への準備旅をしていた時に東京から何度か足を運んだこともある地域です。西に中央アルプス、東に南アルプスを眺めることができるるロケーションは最高ですね。長野と静岡、愛知の接する地方は、とても山深い魅力的な土地です。

                 

                 

                 

                南アルプス

                 

                南アルプスです。東京時代に鳳凰三山、仙丈ケ岳、北岳に登りました。松本を離れ、東京時代に山の意識というのに変化があって、スポーツ登山というよりも鬱蒼とした深い森への憧憬が強くなったように思います。それが、現在の奥羽山脈につながっているようで、自分にとって、南アルプスはまた特別の存在でもあります。聖岳・光岳とか南部の方も登りたくて地図を見たりしましたが、就農して実現しませんでした。

                 

                 

                 

                霧ヶ峰のプレオ

                 

                霧ヶ峰の終点までやってきました。お客が1人だけいました。写真は夏場はほとんど乗ることのない私用の乗用車プレオです。普通乗用車は家内が乗っていて、私がピアノやその他子どもの送迎をする時などのため買った安い中古車です。軽トラでは乗り切れないので。。白樺湖から先のビーナスラインはほとんどが雪道(凍結路)でした。

                 

                 

                 

                黒曜石ミュージアム

                 

                さて、白樺湖付近で「黒曜石体験ミュージアム」という案内看板を見つけたので、霧ヶ峰からの帰路に寄ってみました。看板の場所から、茅野市から白樺湖を越え反対側にかなり15分以上走った末にありました。

                 

                私は黒曜石のファンなので、来てみてよかったと思いました。展示もさることながら、お土産が充実していて、ここで長野土産の半分は入手しました。黒曜石のお守りや飾り物、鹿の角のナイフと石がセットになったものとか、いろいろ興味深いものが並んでいて、かなりじっくり時間をかけて選びました。お客さんは私だけでしたし。。そしてこのお土産はこのミュージアムで職員が手作りしたものである点も特筆すべきです。他所から仕入れた土産物ではありません。買い物には入館が必要ですが、ぜひ入館して見学し、黒曜石のお土産を手にしてください。

                 

                「銀河鉄道の夜」にも黒曜石は登場しています。

                 

                 

                 

                滝の湯

                 

                麓まで降りて来て、蓼科方面へ向かいました。「蓼科グランドホテル滝の湯」は、大学1年の夏休みに住み込みでアルバイトをした思い出の場所です。この日はちょうど明日まで休館改装中ということで、中に入ることはできませんでしたが、道路からの坂道のお地蔵さんも含め、懐かしい場所です。バイトは従業員用の寮で寝泊まりしますが、夜バイト仲間で1部屋に集まってワイワイと話したり、みんな若かったし、仲良しでした。いろんなところから集まっていて専門も違うし目標も違う。寮にこっそり入ってみましたが、いまは全室個室になっているようで、かつてのようにオープンにはいかない感じでしたね。

                 

                当時はバブル前ではありましたが、夏でもありお客さんも多く、いまよりは景気も良かったのではと思いますね。現在は滝の湯も苦しい経営を強いられているようで、大学の頃にはわからなかったような「オトナ話」も工場で耳に入ってきたりしました。

                 

                なお当時はプールがあったはずなんですが、見当たりませんでした。

                 

                このあといったん茅野に降りてきたらちょうどお昼になったのでいったん工場に戻って弁当を食べ(金曜の昼なのでカレーです)、それから諏訪湖方面へ出かけました。ホームセンターでタラノメ用の水につけるバスケットを買い、SUWAガラス館でガラスのお土産を買い、1000円カットで散髪し、諏訪大社を見て、オルゴールの館を見て、温泉に入り、ネットカフェでメールチェックと検索をして、工場に戻りました。

                 

                何と言っても主役は午前の霧ヶ峰でした。

                 

                それほどの疲れも感じずに工場で晩御飯を食べ、また翌日は4:30に起きて草仕事に戻りました。

                 

                ちなみに、携帯もなく地図も持って来ない環境でこのような旅ができたのは、車のナビのおかげです。寒天工場も分かりづらい場所だし、ナビがなければ何もできない体になってしまっており、それはそれで愕然とすべきです。バイク時代は「ツーリングマップル」でどこへでも行ったのですが。。今回では、目的地の名称をまず地元人に聞くなりなんなりで探り出して、工場の電話帳で番号を調べることができれば、セット完了、です。

                 

                記事を変えて、エピソードはまだ続けます。

                 

                 

                 

                天狗尾根

                 

                付録: これまでの山登り経験(大したものではないですが)から、いまでも記憶に焼きつく長野関連2点をプリントフォトから読み込んで、この機会に掲載してみました。八ヶ岳の赤岳を登った後に南下して、キレットを無事下り、「キレット小屋」辺りで夕暮れに。平日だったこともあり小屋にもテントサイトにも誰もいなくて、単独行だし半径何キロかに自分しかいない状況で、日が暮れて行く「天狗の尾根」。あまりに神々しく、畏怖の念を抱いた光景でした。

                 

                 

                 

                涸沢紅葉

                 

                こちらは有名な紅葉の涸沢です。出版社時代、若いバイト生とともに(新宿発の夜行電車だったかな)。この時は上高地から岳沢を登って前穂・奥穂とピークを踏んでから涸沢へ降りたと記憶しています。奥穂の山荘へ泊まって、涸沢まで下山したところですね。ここのナマカマドも忘れられない色彩で記憶に深く残っています。1993年頃と思います。

                 

                 

                 

                黒部の山賊

                 

                おまけです。この本のことを思い出して探し出してきました。25年くらい前に古書で買いましたが、実に面白く、一気に読める本でした。古い最初の装丁の本で、ただ実際は山渓社から出ている新版の方が活字も読みやすく、新しい写真や記述も加わっているとのことでオススメですね。北アルプスで最も奥深い山域の憧れである「雲の平」や「水晶岳」(ともに名前も良い!)を舞台にした、荒唐無稽な山の出来事にどっぷり浸かり仕事や日常のことなど一切忘れていたい、そんな1冊です。

                 

                 

                 

                posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 07:17 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                長野で伝統的な寒天作りに従事
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                  寒天工場

                   

                  久しぶりに記事をアップいたします。12月の6日から70日間、長野県茅野市の寒天工場で住み込みで仕事をして、帰ってきました。

                   

                  これまでは冬場は盛岡市で農家の土壌の分析作業を行っていましたが、分析装置の老朽化で昨年度で事業が終了となり、今年は類似のというか、できそうな仕事を通勤圏内で探してみましたが、結局「冬だけ」という仕事はうまく採用にならず、たまたま大学時代の思い出の地である「長野県」に選択のチェックボタンを入れて仕事検索して、見つけ、決まったのでした。

                   

                  冬場はタラノメの出荷もしていて、去年までは土日と平日帰宅後(19:30〜21:00頃)の作業で通勤と両立していましたが、休む間もない疲れる日々でありましたし、逆に作業を均平化しようと早くから伏せ込みを始めて、終盤に素材がなくなってしまったという結果にもなりました。。

                   

                  それで今年は冬の4か月を2期に分け、前半をこの寒天出張に、後半の2か月をタラノメ専業(+米やにんにくの出荷)に集中して充てようと決めたのでした。

                   

                  そんなわけで、12月5日岩手を経ち、長野県茅野市(金メダル小平奈緒の出身地です)で2か月間暮らすことになりました。

                   

                   

                   

                  草

                   

                  私に与えられた仕事は、テングサの洗浄です。毎日、乾燥した草500kgを包みから開封していったん水に漬け、翌朝はその漬けた草を洗浄機に入れて洗浄し、水槽に漬け(2日間)、一昨日漬けた草を、茹でる部門である「釜」に送り出し、そして搬入された乾燥した草を1段階目の水槽に漬ける。この作業のくり返しです。

                   

                  テングサは栽培ができないそうで、採集に頼るということで、昨今はなかなか入手量が増えていかないようで、貴重な資源とも言えます。外国からの輸入が多く、それに国内の伊豆漁協産も混ぜて使用しています。

                   

                   

                   

                  タイコ

                   

                  これが洗浄機です。朝4:30に起きて2階の部屋から下の作業場に降りてきて、まずボトルにレギュラーコーヒーを沸かして入れ、それから第1段階で乾燥品を昨日水に漬けたものをホークで取り出してこの洗浄機に入れて、1番草と2番草は25分間、水を注入しながらタイコを回転させます(写真は3番を洗浄中です)。

                   

                  草は3番まであり、3番だけは乾燥した草をそのまま放り込んで50分間洗浄します。3番草はそのためか泡が最初多く発生します(左の洗浄機)。

                   

                   

                   

                  水槽

                   

                  洗浄した草は本日早い段階で草出しして空いた水槽に入れて、それは明後日釜送りになります。一昨日入れた草をコンテナに移し替えて、ローラーで午前11時までに釜まで送る草出し作業を毎日します。写真はローラーに乗り釜へ送られるコンテナが待機している状態。

                   

                  中央にホースが見えます。水は全て地下水(地下50mの井戸水)を使用しますが、夜間には10個くらいある水槽にこのホースを1つずつ入れて水を掛け流しにし、水槽内が凍らないようにします。昼間は草入れや草出しの邪魔になるのでこうして今日は使わない水槽の草の上にまとめて置いておきます。緑のケースからホースがタコ足のように出ていて、右下に見える太い蛇腹ホースで地下水をケースに投入して、タコ足ホースで全水槽に行き渡らせます。設置は夕方の最後に行う作業です。

                   

                  ちなみに奥に土手があり、車が並んでいますが、遠方から住み込みに来ている人たちの車です。矢印が自分ので。。

                   

                  仕事は午後4時には終わるので、それからすぐ風呂に入り(入る順番なので)、5時半頃には夕食です。テレビを見て、9時に消灯です。時々は夕食前に車でワークマンに行ったり、ネットカフェへ出かけメールチェックや検索をしたりもしました。遠足もしたし車で来て良かったです。

                   

                  食事は3食、給食センターの配達する給食でした。70日間1食も休まずに弁当を食べ続けました。ご飯は食べ放題です。自分で作らなくていいので、まあ楽ですね。食費は給料から天引きにされます(安いです)。

                   

                   

                  釜

                   

                  こちらが、同じ建物内にあるテングサを煮る釜です。相当大きく、毎日1,000リットルくらい重油を焚いているようでした。最初の写真は車の置き場所からこの釜を炊く時の煙を撮った写真でした。

                   

                   

                   

                  草入れ

                   

                  釜セクションの若い2人です。私が洗った草を釜に投入しています。11時から始めて、写真は午後1時頃の段階です。彼らはこの作業を2時頃まで行った後、風呂や夕食など休憩に入り、少し雑用もあるらしいですが夕方5時頃には寝て、夜の11時に起きて1日の仕事を開始します。非常にハードなセクションで、誰もができるわけでは決してありません。結果的に残った精鋭2人がこの若者たちです。

                   

                   

                  バケット

                   

                  夜中にトイレに起きることがあると、金属の軋む音が聞こえて来ます。クレーンの操作音で、茹で上がった草と茹で汁を一緒にこのバケットで、写っていませんが、隣の濾過層に移し替えます。布のようなフィルターの上にドサっと載せる格好で、下には濾過された綺麗な寒天の汁のみが溜まっていきます。

                   

                   

                  生天

                   

                  溜まった煮汁をホースで静かに箱に流し込んで、寒天の原型が出来上がります。これがいわゆる「生天」「ところてん」になります。切れ目が入っているのが見えるでしょうか。これを外に「天出し」します。

                   

                   

                   

                  天切り器具

                   

                  これが「天切り」の道具。釜の係の仕事になります。夜明け頃の作業ですね。最後に私が仕事を終えて出発する際に撮らせてもらいました。坂口さんは世界中をバックパックで歩き、山岳も海のダイビングや釣りもこなし、自由な世界観で自然や人々を見続けて来た人と言えます。ネパールでヒマラヤをロングトレールされた話など、とても刺激になりました。こうした旅を息子としてみたいと強く思いました。が、いまの農業の現実で、1か月というようなスパンで海外を歩くということは、なかなかできることではありません。そういう生き方を選択する人には敬意を抱きますし、しっかりした考えといろんな努力の上に成り立つこととも思います。

                   

                  まもなく寒天の仕事は終了するわけですが、そのあとはヒジキの作業を少し行った後にタイへダイビングに行くそうです。家族を持ち定住する時期も近いのかなとも感じましたが、冬以外の3シーズンは山小屋で働くそうで、ぜひ時代に合ったセンスで山小屋経営をなさって成功していただきたいものです。

                   

                  折りしも、長野だけのテレビ放送で、槍ヶ岳山荘の4代目(30歳)が東京での仕事を辞めて代々継ぐ山小屋にスタッフ入りしたという1時間番組を見ました。私が槍に登った頃は2代目の穂刈貞雄さんでしたが、この放送の収録直後に亡くなられたそうです。

                   

                  彼一人のことではありませんが、なかなかわれわれには真似のできない生き方に出会いました。これからのご発展を祈ります。

                   

                   

                   

                  天出し

                   

                  さて、野外に天出しされた直後の寒天です。長野県茅野市は雪がほとんどなく湿度が低く、最低気温も−8度と、寒天作りに適した気候です。ここで強い寒気に晒して良い寒天が熟成されていきます。なお、軽井沢などの茅野諏訪よりもっと寒い地域では、寒すぎてまた適さないという話でした。県北部も雪が多くてダメです。

                   

                   

                   

                  天干し

                   

                  青空のもと、寒天がいい感じで並んでいます。岩手と違って、特に晴れると日中の最高気温が高いです。晴れれば春のようです。

                   

                   

                   

                  雪払い

                   

                  さっと雪が積もることも当然ありますが、こうした時は竹ぼうきで払ってやります。作業しているのは「庭」のセクションの人たちで、最も多く15人くらいいます。天出しされた寒天を並べ替えたり、運搬車で移動させたり、最後は奥に見えるハウスで乾燥させたりという作業を行います。草の部門は私1人でして、孤独なセクションではありました。そのため、洗って漬けた草を水槽からコンテナに入れて釜に送る作業はこの人たちの支援で一気に行っていました。

                   

                   

                  電話

                   

                  タバコ休憩スペース。急な階段を上ると居住地区です。私は携帯がないため、電話はこれです。2週間に1度くらいはさすがにネットカフェに行きました。そこはソフトクリームが食べ放題なのが良かったですね。これからはやはり携帯がないとやっていけないし、便利かどうかとかいうよりも社会の仕組みから目を閉ざす行為とも感じられ、必要性を痛感してきました。ネットでの農産物の販売の面でも、たまに携帯からの注文があって、こちらのパソコンからのメールが先方に届かないといったことがあります。メールのチェックも携帯があればメールサーバーに入っていって送受信可能ですし、こうした出先での交通面や行き場所の検索も必要になりますね。来年の冬に向けて、本気で準備を考えたいです。

                   

                   

                   

                  茅野からの八ヶ岳

                   

                  住み込みの人が入るお風呂は、普通の家にある大きさで1人ずつ入ります。キャリアによって順番が厳格に定められており、相撲部屋のようです。多くは夕方5時までの勤務なので、4時に終える私は2時に終わる釜の人たちの次に風呂に入って5時までには上がるようにしておりました。

                   

                  とはいえ時々は車で温泉にも出かけます。ここは10分くらいのところにある「望岳の湯」という温泉で、八ヶ岳が見事に一望できる場所にあります。写真では感動を伝え切れませんが、良いですね。信州の山は。夕暮れ時、雪の波打つ山肌が神々しいです。

                   

                   

                  お店

                   

                  工場から歩いて5分くらいのところにホームセンターとスーパーや百円ショップ等があり、便利でした。道路は国道20号。甲州街道ですね。沢内にいるとねじ釘1つ買うにも不便でしたので、店が近いありがたみが痛感されます。メモに控えておいたタラノメ用の資材器具も茅野で買って帰りました。

                   

                  信州大学生の頃にあった「松電ストア」は「デリシア」と名を変えていま風な感じになっていました。時々は酒も買い、せっかくなのでよそ製の焼酎やビールでなく地酒を買いましたが、木曽の「七笑」が自分には合いました。学生の頃「一升瓶のワイン」を「コンパ」とかで飲みましたが、これは健在でした。

                   

                  そんなわけで、2月15日に終了した後は1日松本を旅し、山形での研修会を挟み、2月18日夜に帰宅しました。その後はタラノメ作業や申告の作業、子どもたちとの約束だったディズニーランド行きなど実に多忙で。。積雪は3mになっており、山ぶどうの這うハウス(パイプのみ)は山ぶどうの上に雪が乗ってパイプが潰されました。ここでは山ぶどうは無理と断念し、春にパイプを抜いて、ジャガイモやニンジンの露地スペースに改めます。

                   

                  タラノメは去年後半に失速した経験を踏まえ、最初に書きましたが3月〜4月に集中してしっかり出す計画で伏せ込みを続けています。その様子、そして長野でのエピソード(遠足)等はまた改めて記事にします。

                   

                  20人を雇っての寒天工場でしたが、経営者は私たち個人事業主と同じ延長の、いわば農家さんのような方です。経費も投入し規模はもちろん私たちとは比べようもない経営でしょうが、夏は田んぼとかもやりながら、営業の旅に出たりもするそうです。その点はわれわれ農家とは夏と冬が逆転した格好ですね。この近辺が発祥の地と言われ、江戸時代から続いているとか。見学に来る人も多く、そういう人には外から丸見えの施設内で1人いる私が声をかけられます。羊羹に寒天が使われていることを初めて見学者に教えられて知った次第です。

                   

                  農機屋さん情報によると、寒天作りの際は、水の確保が一番だそうです。蓼科の方からではなくて、霧ヶ峰の方から流れてくる地下水脈が良い水だという話も聞きました。

                   

                  さて、今回の写真に掲げたような昭和のスタイルの寒天作りが今後いつまで続くでしょうか。30kgや50kgの乾燥草を水に投入し、ホークを使って水槽から草をコンテナに入れ、コンテナから洗浄機に入れ、洗浄機からコンテナに移してそれを次の水槽に入れ、2日後に水槽から出してコンテナに入れ、それを釜に送る。地道な作業。労働とは何か、を考えさせられます。休憩時間は特になく、話をしたり、あるいは機械のトラブル等があって作業が止まれば、その分遅くまでかかるだけのこと。「時間」で動く「庭仕事」の人とは違い、1日分の作業を終わらせたら終わり、のスタイルです。ちなみに働いている人は、ほうれん草やりんごの農家(地元や青森から)、漁師、庭師、山小屋で働く人(先の坂口氏)、たまたま仕事の切れ目だったので来た、などという人たちでした。

                   

                  私の担当は「水舎」と呼ばれる草(テングサ)を洗う仕事。農業のように果てしのない作業ではありません。1日分の工程が終われば自由だし、あれこれ悩むこともありません。農家は先行きのことをいろいろ考えて不安になります。このタラノメは無事売れるのだろうか。その前にちゃんと物になるだろうか。機械は壊れないだろうか。寒天の経営者もそんな忙しない気持ちで従業員に指示を与えながら激動の4か月を乗り切っているでしょう。

                   

                  冬の仕事の何かヒントになれば、との気持ちもあって長野に出かけました。ただ寒天はこちらではできないし、規模がやはり個人として真似できるものでもありませんでした。しかし懐かしい信州で、出会った人たちと会話しながら過ごせた70日は貴重な体験でもありました。休みは途中1日しかなかったので、お金を稼ぐ条件というのは良いと思いますが、コツコツ続く重いコンテナを休みなく引き摺り回す作業は、農家でないと苦痛かもしれませんね。

                   

                  沢内で当初にお世話になったおばあさんの言葉を思い出しました。

                   

                  「おばあさん、そんなに休まずに動いて作業して疲れないですか?」

                  「動きながら、休んでら」

                   

                  動くと休むは普通は別なので、寒天庭仕事のように「休憩」が必要ですが、農家は動く=休むを同時に行っています。だから、休まずに1日を過ごし、それを何十日も続けられた。登山も同じですね。仕事とプライベートは別ものではなく、一体化していて、それが「暮らす」なんだ、と思っています。でも、このおばあさんの言葉を思い出し何度も反復しながら作業をしたので、そのおかげで71日の連続無休日無休憩の労働の日々を、何とか終えることができたのかもしれません(くり返しますが1日だけ休み、ドライブに行きました)。

                   

                   

                  寒天

                   

                  お土産にいただいた角寒天を食べて元気に春を迎えたいと思います。

                   

                   

                  posted by: 渡辺哲哉(園主) | 日々の暮らし | 13:05 | comments(2) | trackbacks(0) | - | - |
                  乾燥にんにくスライスとドライブルーベリー
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                    いきなり大雪

                     

                    突然に50cmの積雪が来て、外仕事は強制終了の沢内です。りんどうの秋じまいを終え、ハセの片づけをすませ(1日仕事)、前日にはブルーベリーや庭木の雪囲いを慌ただしくすませた直後の積雪で、ぎりぎりセーフといった感じです。特にブルーベリーは幼木もあり、これだけ降られては棒に縛っていく作業自体不可能でした。

                     

                    残るは、タラの木の伐採です。これは一度積もってからでも良いという気持ちで最後の作業にしていたのですが、さすがに50cm積もられると、畑を歩くのも容易でなく、伐採する切断点が雪の下になっていて、よろしくないのです。運搬車も入ってこれませんしね。

                     

                    雪をかぶった軽トラは、夏タイヤでもあり、とりあえずこの状態でしばらくいてもらうしかありません。タラの運搬が終わった後に、運搬車を荷台に乗せてから奥の作業舎に入庫し、春まで冬眠です。

                     

                     

                     

                    スライス2

                     

                    タラの木の伐採ができないので、まずは屋内作業を進めます。夕暮れ後の作業として進めていたスライスにんにく用のにんにくの準備がまずはまとまった量になったため、加工作業を進めました。

                     

                     

                    スライスボーイ

                     

                    今年正月過ぎの時の写真ですが、モーターで回転する切断機を使用します。回転刃は厚さ2.0mmを使用。付属していた0.8mmの刃では薄くて乾燥後にくっつき合ってしまいます。薄いスライスを手で揉み砕いた状態にしたものもそれなりに良さそうではありましたが、ここは形がしっかりした力強さを持った形状が良いかと、2.0mmを選択しました。2kg程度の材料を準備しましたが、切断作業は一瞬です(2分くらい?)。

                     

                     

                    スライス1

                     

                    今回は「八幡平系」を使用。八幡平系の特徴は、とにかく出芽が遅いこと。出根は標準的に始まるのですが、根の部分は切り落として使用しませんので、これは問題はありません。これから年末になってくるとホワイト六片とかだと芽の緑色が混じったりするので、見た目上も八幡平が適しているかもしれません。特有の茶色い薄皮が混じっていますが、出荷の時には取り除きます。

                     

                    スライスにんにくの1番面倒な点は、りん片まで完全に皮むきをすることです。当たり前のことですが。。八幡平や八木ではりん片とにんにく実質部の間にだんだんと隙間が空いてくる傾向があります。そのため、一晩水に浸けてやると、割と簡単にするっと剥けてくれるのです。ホワイト六片は皮が実質部に密着していて、皮むきは大変な部類になります。

                     

                    サイトでも書いておりますが、にんにくの鮮度は、必須である氷温貯蔵していても最大で3月まででして、4月から収穫時の7月まではこのスライスにんにくで食べていただく形になります。青森の産地では特殊な技術を駆使して周年芽が出ないような処理をするのですが、私にはにんにくへのかなりのダメージを与える処理と思い、「自然な形のにんにく」から遠ざかった行為のようにも見えます。

                     

                    かえってまだ鮮度を保持しているいまの時期にスライス化して、風味を閉じ込めてやりたいと思っているところです。同じことは黒にんにくにも当てはまり、鮮度の良い状態で仕込んだ作った方が良いと思います。両者とも1年くらい何ともないので、早い時期の仕込みが肝要かと思っています。

                     

                     

                     

                    ドライブルーベリー

                     

                    さて、今年は、自分としてはブルーベリーが割合採れた方でして、在庫を冷凍にして貯蔵しているのですが、この機会に「ドライブルーベリー」にも挑戦してみました。

                     

                    2kgくらいでしょうか、ジップロックから取り出して水洗いし(収穫後初めてここで水洗いです)、トレイに並べます。

                     

                     

                     

                    ドラッピー

                     

                    食品乾燥機に入れます。にんにくもですが、40度の設定です。にんにくの方は15時間で、ブルーベリーは実に48時間とのマニュアルの記載に従い設定します。

                     

                    こちら2段階で試験してみます。柔らかめの方は33時間くらいで取り出し、固めにする方はそのまま48時間乾燥にかけ続けます。せっかくなので、両方の仕上がりを見てみたいと思います。

                     

                     

                    33hと48h

                     

                    仕上がりました。乾燥後1日経ったこともあり、見た目の違いが薄れていますが、33時間の方はやはりしっとりとしています。どちらが好まれるでしょうか。貯蔵性は48時間乾燥と思いますが。。

                     

                     

                     

                    ポップサーカス

                     

                    さて余談ですが、末娘と仙台までサーカスに行って来ました。前にも一度盛岡へ来たサーカスに行った記事を書いたことがあります(2010年9月)。その時にも書いたはずですが、私自身、幼少時に見たサーカスの記憶がずっと消えないで残り続けておりました。普段会話や何かで表立って思い起こすことはないとはいえ、脳裏に深く焼き付いているビジュアルです。

                     

                    前の時は末娘はまだ1歳で、記憶にないので、今回は良いチャンスと思いました。この日11月19日はしかも大雪。上の2人は用があったり、まあもういいかなという感じで、結局末娘と2人で。今年初めての本格的な雪道走行で高速を南下しました。北上を過ぎ金ヶ崎辺りまでは完全な雪道で、前沢の辺りで雪は消えました(時折降ってはきました)。

                     

                    寒い日ではありましたが、決心して出かけて良かったと思います。雪道走行で当初予定より到着が遅れ、自由席がなくなってしまい指定料金がかかってしまったのは、地元からの気軽な参加に比べて、ちょっと悔しくもありましたが、仕方ないことでしょう。

                     

                    10時半からの2時間の公演は、世界中から集まったサーカス員の素晴らしい技の数々で、感銘を受けました。特に冒頭の意表をついた空中ブランコには、ああこれがサーカスの感動なんだ、と感じ入りました。写真は、終了時に出身国の国旗を持って挨拶するシーンです。遠い国からはるばる仙台までよく来てくれましたね。サーカスの人生はディズニーのイメージでは辛そうな感じだったりしますが、子どもの頃から旅を続ける人生なんでしょうか。学校とかは? 団長というのは太っていて金の勘定ばかり考えている悪者イメージとは違うのか? などと思ってしまいます。

                     

                    ディズニーランドのパレードやショーにも同じことが言えるかもしれません。幼少時のこうした光景は、きっと生きる糧になってくれることと思います。

                     

                     

                     

                    八木山動物園

                     

                    サーカステントの近く、三井アウトレットパークのフードコートでラーメンを食べて、それから、八木山動物園へ向かいました。前に息子と来た時もですが、八木山への道は分かりづらいです。迷いつつ到着したのは午後2時半で、閉園の4時まで時間がない。。。けれど、結果的には1時間半で全部普通に歩いて見学できました。盛岡の動物園は爬虫類が少なく、ここは爬虫類館があるので、これはまず優先して見て来ました。

                     

                     

                    ゲレザ

                     

                    最後に見たゲレザ(アビシニアコロブス)。珍しいですね。ちょっと分かりにくい通路にあって、見落とす方もいるかもしれません。閉園4時ギリギリといった時間帯。そしてこの後もう少しお土産コーナーもゆっくり見たかったですが、まずは去りました。

                     

                    ところで、今年の初夏頃からですが、作業中腰を強くひねった時より、お尻の筋肉の奥の方に鈍い痛みを感じておりまして、それがこの11月になって急に悪化し、現在回復を目指しストレッチに励んでいます。どうもお尻の内部にある梨状筋という筋肉の筋膜を痛めてしまっていて、それが坐骨神経を通じて同じ側の太ももの裏側にも関連痛を招き、さらにふくらはぎから指先までも痺れを感じたりと、結構重篤な痛みでした。

                     

                    病院で2度「トリガーブロック注射」を打ってもらい、昨日あたりから少し改善した感じです。りんどうの片づけ作業も辛かったですが、軽トラの荷台に積んだりんどう残骸をゴミ捨て場で投げ捨てる時、雨続きで重くなったりんどうのカラを適量束ねて持ち、ゴミ場の側へ捨てる時の体をひねる動作が痛く、大変でした。りんどうを刈る時の草刈り機の刈る動作もこたえました。

                     

                    また、続いては稲の乾燥脱穀が終わったハセ棚をほぐし、棒を2本ずつ脇に抱えてズルズル搬送し、作業場の2階へ立て掛けて、その後2階に上がってその棒を引き上げて床に並べる、という作業。休み休み、足と尻をいたわりながらの作業です。

                     

                     

                    ハセ搬送

                     

                    この作業です(おとどし)。少々雪があっても構いませんが、ないに越したことはないです。

                     

                    草刈り作業、あるいはスコップで掘るといった作業など、体をひねるという動作が多い農作業です。ふつうに歩くだけならかえって梨状筋のストレッチになって、回復も早かったかもしれませんが、農作業のいろんな動きが結局痛みを持続させて回復を遅らせたことでしょうか。仕方ないことですが、結果積雪直前に間に合ったので、良かったです。。そして今回雪が降ったことでかえって安静の静養を判断し、コタツや風呂で十分に温めた状態でいろんなストレッチをやりました(コタツは4足の下に木片を入れて台を高くします)。サーカスの日までは辛かったですが、その翌日に病院で2度目のブロック注射をしてもらい、雪のためゆっくり静養し(スライスにんにくを作りつつ)、リハビリだけに徹したことで、回復を見ているという状態でしょうか。

                     

                    農家は体が資本だし、秋の繁忙期・稲刈りの真っ最中にこのような痛みを抱えてしまっては大変なことです。これを機に、梨状筋だけでなく、足腰全般についても、日々ストレッチをすることの必要性を感じました。繁忙期には気にかかる目前のことが山ほどあって、自分の体の数分のほぐし作業も難しく感じますが、結果的に「永続農業」のための大事な要因であると、認識せざるを得ないところです。年寄りたちが、手押しカート(老人カート)を押しながら歩くと楽だ、と言っていたことを実体験することができました。同等の痛みを抱えた農家は多いと思います。長年体を酷使してきた年寄り農家たちの気持ちが初めて理解でき、そうした人の気持ちの側に立つことの必要性をも改めて痛感した次第です。

                     

                     

                    家の前雪かき

                     

                    雪が止まらず、午前午後の雪かきも25日土曜日から本格的に。それにしても気にかかるのは、タラの木の伐採ができないこと。。せっかく無理やり運搬車の轍を付けて1/8くらい分は運び出してのですが、また運搬車の入れない雪深さになり、途方に暮れています。気温がずっと低いので、少々の雨では溶けてくれそうになく、根雪になりそうな勢いです。雪の中にノコギリ(剪定鋸)を差し込んで手探りで位置決めして伐採し、現場で10本強に束ねてズルズル雪上を引いて除雪された道路まで出すか(約100m)。しかも軽トラは夏タイヤでしかもパンク気味。。幾多の難関が待ち構えています。。

                     

                     

                    タラの木運搬

                     

                    去年はこんな感じで畑に入れ、楽勝でしたが。

                     

                     

                    posted by: 渡辺哲哉(園主) | 野良仕事 | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |
                    冷夏と、最高にぬかるんだ稲刈りの年。。
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                      紅葉2017

                       

                      今年も紅葉の時期を過ぎ、慌ただしく秋じまいを進めています。いつも春に写真を投稿している山桜も綺麗な紅葉となり、春のピンクと異なって、周囲の木々と同化しています(写真中央やや右下)。晴天が極めて少なかった今年は、紅葉もイマイチ精彩を欠いているところでしょうか。既に収穫期を過ぎた白りんどうと、まさに収穫が終わる淡い紫のりんどう(最後に咲く品種)も、秋色に色添えを与えています。

                       

                       

                       

                      稲刈り2017

                       

                      10月の上旬にいわてっこから刈り始めた今年の稲刈りですが、ずっと雨続き。石カラで干せ気味のこの写真の田のみが唯一まともに機械が入れたという状態で、あとはぬかるんで大変な稲刈りでした。

                       

                       

                      ハセ掛け2017

                       

                      干せ気味の田は結構良い稲になっており、泥で汚れず綺麗な稲束になっています(あとは結構汚れました)。チェーン除草機とエンジン除草機の併用で、今年は草も例年よりは抑えられています。

                       

                       

                       

                      最後の稲刈り

                       

                      そして、晩生品種のひとめぼれは今年は12アールの田1枚のみでしたが、冷夏と雨続きで登熟が遅れ、適期かという頃にちょうど先週の台風21号で延期。その時の雨が田から抜けるのを待って、やっと26日に稲刈りができました。隣のタラの木は紅葉が進んでいるところですね。

                       

                      ここまで遅れた稲刈りも初めての経験でした。実際籾摺りまで進めてみないとわかりませんが、稲刈り時期をじっとを待つことで、今年の天候でもそれなりの米になっているとしたら、ここ沢内でもひとめは問題なく栽培できることの実証になります。

                       

                       

                       

                      ハーベスタ

                       

                      今年から、いわてっこ・ひとめぼれともに価格を600円/kg(玄米で)に改定させていただきました。HPでお米を販売するようになって初めての改定になりますが、それは主にこのハーベスタの購入によるものです。玄米での販売が多い当園では、白米の出荷時以上にお米の品質が気にかかります。アラ(籾)やくず米、異物などを的確に取り除いて品質を保つためには、このハーベスタと籾摺り機、選別機を備えた計量器の3装置がきちんと正常に稼働してくれることが必須です。欲を言えば、色選機(色彩選別機)があれば完璧でしょうが、これは目玉が飛び出るほどの価格で、われわれ小農家の手に届くものではありません。近所の所有者に頼むこともできなくはありませんが、玄米の30kg袋を1つずつ開けて色選機に通していく作業は、とても面倒がられることです(彼らは最初から乾燥機より落ちてくる籾摺り機ラインに接続して色選します)。カメムシ害の除去に一度お願いしたことがありましたが、確かに面倒をかけました。

                       

                       

                       

                      ブルーベリーの紅葉

                       

                      紅葉のブルーベリーです。今年のブルーベリーは、カラス対策にネットを掛けましたが、これはある意味、失敗でもありました。ネットを掛けるときに網目が実に引っかかって随分落果させてしまったし、8月後半に行っていた園地の草刈りが、ネットやパイプ支柱の設備が邪魔でできず、最終的に草が伸びてネットと絡まり、結局ネットは取り外す際に大半がぼろぼろに破れてしまって、焼却処分となりました。カラス対策は必要ですが、来年はネットはやめることにします。設備を取り外し、草刈りをして、やっとすっきりした園地に戻りました。

                       

                      ネットを掛けるために譲られたパイプ支柱は、来年はにんにくの乾燥に使えないかと思案しています。

                       

                      泥まみれになったバインダーを洗浄し、出荷が終わった作業場内は、農機収納モードに移行しています。農機を入れていたハウスは雪が降る前にビニールを剥がさなくてはなりません。一部稲を干している乾燥ハウスも同様です。りんどうの片づけもあり、秋じまいは実に大変です。春に設置して秋に取り除く。雪が降らない土地から見れば、毎年繰り返されるこの作業の時間は膨大なロスとも言えますね。

                       

                      ブルーベリー等の雪囲いとタラの木の伐採、稲扱きが終わったらハセの片づけもあり、冬はまだまだ来て欲しくないところです。

                       

                      もうひと頑張りです。

                       

                       

                      posted by: 渡辺哲哉(園主) | 作物の様子 | 13:25 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - |